デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」の一冊の内容です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

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'Hyakunin Issho'
Newsletter for fans of David Bull's printmaking activities
Autumn : 2006

日実ちゃんと最後に会ったのは丁度3年前、成田空港で見送った時には、このような再会(写真)になるとは思いも寄りませんでした。

娘達がまだ成長過程にあった頃には、いつかはこの子達も母親になるだろうと意識はしていましたから、日実が子供を産んでもそれほど驚くことはないのです。でも、その日がこんなに早く来るとは...やっぱり感動します!

今回の号は、家族の事が主な内容となります。短期間でしたがカナダに行って、新しく加わった家族達に会い、撮影した写真の一部をご紹介します。

「木版館」の方も、少しずつではありますが、本なども含めて新商品が加わっています。塗り絵で遊ぶのは子供達だけだと思いますか?ここを見たらきっと驚かれることでしょう! また、--驚き桃ノ木ですよ!--スタジオの改装工事報告も更新しています。続いて収集家の紹介があり、締めくくりは、例によって貞子のコーナーです。

今号もお楽しみ頂けますように!

ファミリーニュース

前号で触れましたが、長女の日実が昨年の11月にルーマニア人の青年と結婚しました。その後ふたりは、時を無駄にすることなく家族を増やすことにし、8月の終わりには私の初孫を見せてくれることになりました。出産に間に合うように訪問の予定を組んだのですが、アレクサンドル君は数週間早く生まれることにしたらしく、私は家族の一大事に間に合いませんでした。でも、それも良かったのかも知れません。一段落していた御陰で、 落ち着いてチビちゃんと過ごす時間がたっぷりあったからです。

この写真は、誇らしげなイオアンお父さんです。彼は、数時間程、自分の役割を私に任せてくれました!日実が私に、だっこ紐を使うように言った時には、とても懐かしい気持ちになりました。彼女が産まれて最初の数週間、これを使って抱いていたからです!その日の午前中は、同じ紐で赤ん坊を抱いて庭を散歩しました。ほんのちょっとだけ頭が上に出るような具合でした。この紐で日実を抱いていたのは、ほんの23年前のことだったなんて、とても信じられなくて...

イオアンは、カナダへの移民が許可されるとすぐに初めての職を得、その会社で昇格してゆく術まで考えています。これは、カナダ移民の昔ながらの姿でもあります。日実もイオアンも、自分たち家族の生活を豊かにするために働く意欲は満々。ふたりが、夢の実現に向けてどんな冒険をしてゆくのか、これからがとても楽しみです。

このスナップ写真を見ればお分かりと思いますが、アレックスに寂しくなる暇などありません。母は、自分が曾祖母になることをあまり歓迎していない風ですが、赤ん坊と過ごす喜びで、そんな気持ちも和らぐことでしょう。(赤ん坊をくすぐっているのは、彼の大叔母さんにあたるシェリーです)

今回は当然のことながら、赤ん坊のニュースが中心となりますが、ヴァンクーバーでの最初の一週間は、次女の富実と過ごす時間もたっぷり取れました。大学の新学期が始まるまで、かなり時間に自由があったからです。家族と離れて、ひとり東京で暮らす事を後悔しているわけではありません。でも、共に過ごすことを楽しめる、もうひとりの娘と、こんな風に陽の当たるカフェーのテラスで過ごす時間がもっと頻繁にとれたら、と願わずにはいられません!

このスナップ写真は、「主賓」のクローズアップ写真です。はっきりと彼の写真を撮ることができるのは、お風呂に入っている時くらいです。その他は、眠っているかミルクで口の中が一杯か、のいずれかですから!

アルバムの最後に、ひいおじいちゃんを覗いてみましょう。プロの音楽家だった父が、ずうっと続けてきた演奏活動から引退したら?新たな楽器への挑戦 ... 当然ですよ!

可能性の海に溺れて

毎年のことですが、だんだん日が短くなって冷気を感じるようになってくると、ここ「せせらぎスタジオ」での生活パターンは、季節の移りに応じて変わってゆきます。猫のブーツは、しっかりこの変化を意識するようです。びっしりと生えていた黒い毛は、夏の間にどんどん抜けていたために、秋の到来を告げるように突然寒くなったりすると、ものすごく敏感に感じるようです。眠りのパターンも変わって、開け放している窓の近くにある椅子を諦め、私の側でちぢこまるようになります。

私の方もスイッチを切り替えて、どこのお宅でもするような冬支度を始めます。厚手の布団を出し、クローゼットからセーターを引っ張り出して...。でも秋は、あまり他の人たちに運ばないものを私に持ってくるのです。それは、私が決まって陥る「沈溺」です!

もう18年もの間、私の版画制作はしっかりとした決まりを守っています。1年に一集を制作して1月に展示し、翌年にはまた新しい集を制作するというサイクルの繰り返しです。百人一首シリーズを制作していた数年前は、こうした仕事の形態が10年の間ガッチリと決まっていたのでが、その後は毎年新しい企画に取組まなくてはならなくなりました。

「摺物アルバム」のように同じシリーズで集を重ねることはありましたが、最近はまるで違う企画を毎年出しています。もちろん、1月には次の企画を発表しなくてはなりませんから、魅力のある作品集を選んだり、作品を入れる箱をデザインして注文したりと、細部にわたって手はずを整えなくてはなりません。ですから、何ヶ月も前に計画を練り始める必要があるのです。そんな訳で秋の深まりは、「来年はどうしようか」という一大課題に再び直面する時でもあるのです。

では、なぜ「沈溺」などという言葉をつかったのか。それは、取組んでみたい版画の企画がたくさんありすぎるからです。自宅の部屋で、所蔵している版画や本を眺める度に自分を抑えることが難しくなります。すぐに「これだ!次はこれにしよう!」となってしまうからです。私の興味の対象が版画でほんとうに良かった。もしもこれが料理で、夢中になって開くのがメニューのページだったら、太り過ぎてドアーを通る事ができなくなりますよ! 版画を次々と見てゆくのは簡単ですが、それを実際の企画としてまとめるのは大変なことです。たとえばこんな具合です...

  • 1790年代に、蔦屋重三郎という版元が、歴史に残る素晴らしい絵本をたくさん出版しました。そういった作品はまれに単独で復刻されることはありましたが、一冊を全部復刻しようとするほど自信のある人はいまだかつて出ていないのです。じゃあ、自分が?でも、並外れて高品質な版木を見つけるのは至難の技だし、和紙も特注になり、彫も摺も含めると一作品に数ヶ月かかるから、お客様には本として完成するまで何年も待って頂かなくてはならないし...。やっぱり無理...。
  • 20世紀に入ってすぐ、松木平吉と秋山武右衛門という、ふたりの東京の版元が、競って素晴らしい12枚構成の美人画集をたくさん発行しました。どれも信じ難いほど繊細な彫で、紙は雪のように真っ白でなめらか、そして最高純度で最小粒子の絵具を用いています。私は、「四季の美人シリーズ」で明治時代の作品の復刻に成功していますから、この画集の一冊を手掛けても良い頃かもしれません。でもここで再び...。1枚制作するのに何ヶ月も掛かりそうだし、材料の調達にはきりのない苦労をしなくてはならず、たとえ実行に移しても、2〜3年でやっと数册しか売れないかも知れない。やっぱり無理...。
  • 摺物アルバムは...。世界中の美術館には、まだまだおびただしい数の美しい摺物が収蔵されています!それなのに、ほんの少ししか自分のアルバムにすることができていない。毎年私の技術は上達する一方なのに、摺物アルバムを制作していた5年間は、売れ行きが下り坂...。

そんな訳ですから、現在の企画である懐月堂安度の掛軸と小品集の制作に、毎日没頭してはいるものの、本棚に戻っては頭から離れない問いの答えを求めているのです。様々な条件を満たす企画として、来年は何がいいのだろうか。技術的な挑戦に価する作品、収集してくださる方たちに喜んで頂けて経済的にも帳尻が合う(相応な収入を得られ、しかも買う方の負担になり過ぎない)、そしておそらく中でも一番大事な点は、取組む意味のある作品。

ほんとうに難題です。今年も解決案にたどり着けるのでしょうか。1月になれば分りますね!

木版館ニュース

今年の初めに、ちょっとした冒険でもある木版館出版を始めたのは、美しい木版画を市場に出したいという気持ちからでした。それ以上のことは何も考えなかった、というわけではありませんが、とにかく続けているうちに、そこに他のアイデアが入り混んで来たのです。そしてどうやら、木版館はデービッドの「ブランド」となりそうな気配です。その傘の下に、その他もろもろが含まれるようになってきたのです。では、中を見てみましょう- 木版館に数種類の本が加わっています。

A Story A Week (Volume 1) 版画家デービッドが綴る随筆集 その1

これは、インターネットで毎週配信している「A Story A Week」の2006年前半の26話を収めた本です。パソコンを持っている人たちだけの楽しみだなんて!この本は、1月から6月までに発表した26話がすべて集録されています。それぞれの話には、難しい単語や表現の注釈も付いています。

( 7月から12月までの分を集録する「その2」は、来年1月に発売の予定です。お見逃しなく!)


大人の塗り絵画集 小倉百人一首 「恋の歌」

私の「百人一首版画シリーズ」を塗り絵にしています。百首の中から厳選した恋の歌13首を、塗り絵用に改めて墨摺をしました。オリジナルの写真を参考に、歌を楽しみながら独自の色を塗って世界にひとつの作品を作ることができます。各歌には解説も付いているので、古の歌人に思いを馳せながら優雅なひとときをお過ごし頂くことができます。

また、私の「版画玉手箱」シリーズからの4作も選んであります。こちらは、切り取って葉書として使用できる形式になっていて、ご自分で色を塗るよう墨摺だけが掲載されています。 日本中の書店に置いてあるはずですが、お近くの書店にない場合はご注文ください。


購入をご希望の方は、このURL にアクセスして、手続きをお願いします。お読みになりたい本があると良いのですが!

スタジオ便り

冬が近づくにつれ、地下にあるスタジオの改装工事を再開しなくてはと、気持ちが急きます。次の工事段階に入る前に、作業台の下に溜まった3年分の木屑も片付けなくては。ここで仕事をするようになってから、もうそんなに長い時が過ぎたとは、信じ難い気持ちです。

まずは、仕事台のあるアルコーブ(弧のようにせり出した出窓のような室内空間)を完成させなくては。木屑を片付けたら、一段高くなっている床の前面にパネルを作り、3つの調光スイッチを取り付けました。後に窓と窓の間に取り付ける予定の、スライド式スポットライトの明るさを調節できるようにするためです。

この作業空間を作る時、すでに配線を済ませておいたので、接続をすれば良いだけになっていました。幸い、どの線を繋ぎ合わせれば良いのか覚えていたので、...

次の写真は、床板を元に戻した状態です。座って仕事をしながら手を後に伸ばせば、好みの明るさに光を調節できます。彫や摺など、作業の種類によって3つの光源を別々に調整する必要があるのです。

これは、アルコーブに彫台を戻した夜の眺めです。夜は、窓の外の眺めに気を取られないため、仕事がはかどります。それにしても、未完成な壁が見苦しい!仕上げに向けてひとがんばりしなくっちゃ...残るは、窓枠と漆喰!

このアルコーブは、形状が複雑になっているため、個々の部分をきっちり合わせるのは、工事の最初からとても大変でした。とくに窓枠などは、かなり精密な計測が必要でしたが、すべてがとても良い具合に収まりました。

次の段階の漆喰は、運良く買わずに手に入れる事が出来ました。貞子さんの自宅で、最近の工事に使った残りが、ほぼ一袋残っていたからです。(彼女は、主だった部分は大工さんに頼んだのですが、内装の漆喰と床材の貼り合わせは自分でやったのです。DIYは、どうやら蔓延しているようです!)漆喰は藁を混ぜるのかと思っていたのですが、日本ではその代わりに海藻を混ぜるらしく、これには驚きました。

ここまでで、今年の工事は終わりになるでしょう。次の作業は天井で、ちょっとまとまった時間が必要になりますから、今年残りの数ヶ月内にそれをひねり出すのは難しそうです。掛軸の制作に集中しなくてはなりませんから!

知識の咀嚼

私は庭いじりが好きで、ここ数日は夏に怠った雑草取りと冬支度に追われる日が続いている。庭の茂みに分け入り、黙々と鎌を片手に自分が植えた草花の間にのさばる「やっかいもの」を根こそぎ抜いてゆき、せっせとコンポストの中に放り込む。科学的な除草剤、殺虫剤はほとんど使わない主義なので、抜いた草は大切な資源として庭に戻されることになる。

雑草の処理について、長年腑に落ちない疑問があった。種の付いた雑草はコンポスターに入れていいものだろうか?何人かに聞いたところ、だめだと言う人と平気だという人がいる。本で調べてみると、理想的なコンポスターの中は高温になるのでほとんど腐敗してしまうとある。きっと平気だろうと、自分なりに考えて全て資源として利用していた。

そのうち、ちょっと知られている園芸家に会う機会があり、直接この事を聞いてみた。すると、「なんでも入れていい、中の温度が上がってみんな分解しちゃうから」という返事が返ってきた。やっぱり自分の思った通りである。私は自信を持って抜いた草は全てコンポスターに放り込み、魚と肉を除く台所の残飯と一緒に腐葉土の資源としていた。だが、どうもおかしい、いつまでも分解しない種類の葉があるし、暗闇のコンポスターの中でさえ、ほぼ必ず発芽する球根もあれば、腐葉土となったコンポストを撒いた部分に、恐ろしく繁殖する雑草が数種類あるのだ。やっぱりいかん!

このことにすっきり解答を与えてくれたのが、今回のデービッドのお土産の本であった。どっさり買ってきてくれた山の中から抜き出して読んだ「オーガニック ガーデニング ガイド」という題の本。この中にちゃんと書いてあった。種を結んだ雑草は混ぜるな、と説明があった。経験から照らし合わせて客観的に判断すえれば当然のことなのに、つかえ物がストンと流れたかのように、はっきりとした解答が得られて、ほんとうに気持ちがよかった。そんな訳で、今朝の作業からは、ふたつのバケツを側に置いて、分類しながら草むしりをしている。黙々と作業をしながら、こんなことを思った。

「私って頭が悪いなあ、何年も無駄な労力を作り出してきたなんて。考えてみれば、当たり前のことじゃないか...まてよ、これは一般論につながるぞ。知識は大切、人の言う事にもできるだけ耳を傾けた方が良い。でも、目や耳から入って来る雑多な情報は、咀嚼しなくっちゃ。ここが肝心。まるで同じ状況なんてないのだから、得た知識はそのままでは使い物にならない。いかに知識を利用して状況判断の手掛かりにするかが大切なのだ。とすると、現代は情報過多で消化不良を起こしている人が多いのかも知れないなあ。そうそう、知識ばっかり溜め込んで応用の効かない人を、俗に「頭でっかち」というじゃないか。あ〜あ、「賢い人」への道は遠い遠い!こんなしごく当たり前のこと、気付くには遅い程長く生きて来ちゃったけど、ま、気付かないよりましか...」

それにしても、デービッドにしちゃあ、なかなかいいガーデニングの本を買って来たものだ。私のガーデニングバイブルになりそう!もしかして彼は、...そうか、ちゃんと私を観察して、山のような本の中から選んでくれだんだ!賢いやっちゃ!

左側の写真を覚えている読者は何人くらいでしょう。1990年の第2号(冬号)に掲載したものです。

私と一緒にいるのは、猫のミミちゃんです。娘達が、この1年前に公園で拾って来たのですが、以来いつも私の側にいて、制作している間は毎日のように何時間も膝で眠っていました。娘達が1996年にカナダに移った時には、ミミちゃんも一緒で、それ以来会う事もありませんでした。

それが見て下さい!日実ちゃんの住まいを訪ねた時に、私が床に座ると、登って来てちゃっかり座ったのは誰!今ミミちゃんは17歳、かつての元気はないものの、居心地良く眠れる場所はちゃんと分るようです!