デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」の一冊の内容です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

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'Hyakunin Issho'
Newsletter for fans of David Bull's printmaking activities
Autumn : 2012

英語で、「遅くてもやらないよりはまし」ということわざがあります。紙面のレイアウトを検討している今、これが秋号であるにもかかわらず、ラジオからはクリスマス音楽が聞こえてきます。でも今回は、遅れたことへのもっともな訳があるのです。処理待ちの仕事の山に、何よりも優先して次々と製作しなくてはならない、面白い新作があるからです!

中をお読みになるとお分かりのように、今回は記事のほとんどが、前回ご紹介した「浮世絵ヒーローズ」に関係した内容です。この企画は順調に進行していて、今まで私たちの作る木版画を全然知らなかった人たちに作品を紹介する機会を作っています。

それだけではありません。詳細は中に書いてありますが、今回は次の新企画も進行しています。「チビ・ヒーローズ」という版画シリーズで、製作側の私たちはもちろん、みなさんにもきっとお楽しみいただけるはずです。

その他、遅れ続けていましたが、ここで私と一緒に仕事をしているスタッフをご紹介します。あれよあれよと言う間に、大所帯の工房になってしまいました! では、今号をお楽しみください!(次号までにはちょっと間隔があるでしょう!)

浮世絵ヒーローズ

「浮世絵ヒーローズ」という企画が進行中であることは、前回このニュースレターで大まかに説明をしました。あれから、どうなったでしょうか?この質問に最も単純に答えるならば、この秋号が12月になってやっとお届けできたという事になることでしょう。そうなんです、近頃はとても忙しいのです!

前回、私がジェッド・ヘンリー氏(アメリカで活躍しているイラストレーターです)と一緒に、クラウドファンディングのひとつである、キックスターターというサイトへの参加に取り組んでいる旨をお伝えしました。この存在について馴染みのない方に、クラウドファンディングがどのような物なのかをご説明しましょう。

創造性豊かな人が何か企画を発案しても、それを実行に移す資金がない、という事は多々あります。キックスターターは、そのようなクリエーターに企画案をネット上で公開する機会を与えてくれ、その案の支持者(顧客)になれそうな人達がそれを閲覧します。企画案を支持する人たちがたくさん集まると、小額ずつの出資でも企画を実行に移せる金額に達する、という仕組みです。キックスターター方式が使われる多くは、CDを作りたいグループ、コミック誌を出版したい若手の漫画家、公演をしたい演劇グループなどですが、新シリーズを企画している木版画家も中に入っていました。

企画の支持者として出資しても「言葉のお礼」以上の見返りは期待しない、ということはありますが、多くの場合は、スポンサーになった印としての物が送られます。それはCD、雑誌、公演への切符などですが、木版画ということもあります。

ジェッドと私は、このサイトが利用できると考えました。彼のデザインした絵を元にシリーズ化した版画を作り、最初の作品を作るために必要な資金約80万円を目標額としました。私たちはキャンペーン期間を30日と設定し、期限内に十分な支援が得られるという自信がありました。キックスターターのキャンペーンを実際に公開するまでの間、自分たちの企画を広く伝えるために、精一杯の努力をしました。自分たちのフェイスブックを作り、そこに作品を公開するなど多くの資料を提供し、自分たちの企画の意図をスポンサーになる可能性のある人達に少しでも深く理解してもらえるよう呼びかけたのです。私自身の立場から、彫りや摺りの工程を紹介するビデオを製作して、私のYouTubeチャンネルに載せてもみました。すると、とても多くの反響を呼んだのです。

慎重な計画と準備を重ねた結果、ネット上におけるキックスターター企画の結果は大成功でした。公開後73分で目標額に達してしまいましたし、終了時点では、目標額の30倍を越えてしまったのです。

企画内容は、「現代のポップカルチャーを反映した絵を浮世絵風に画き、伝統木版画として製作する」というもので、どうやら批准されたようです。キャンペーンの支持者たちに資金を調達してもらい、ジェッドと私は計7枚の「浮世絵ヒーローズ」版画を製作する予定を立てました。前回のニュースレターで、最初の作品となった「Rickshaw Cart人力車」の絵をご紹介しましたが、今回は2作目の「Fox Moon月と狐」の試作をご紹介します。この作品は目下、彫りの作業が終わって摺りに入っている段階です。キックスターターのキャンペーンに参加し損ねて、入手できなかった方たちは、[http://ukiyoeheroes.com](日本語の説明もあります)にアクセスして個々の作品を購入することができます。

この企画が私たちをどの方向に導いていくのか、私たちには見えませんが、ジェッドはすでにたくさんの絵を画いていて、フェイスブックを見ている人達からとても好評を得ています。「浮世絵ヒーローズ」の企画は当分私たちと共にあると思うのですが……。さあ、どうなるでしょうか!

チビ・ヒーローズ

近年、多くの日本語がそのまま英語として使われるようになっていますが、その中に「チビ」という単語があります。小さくていたずらっ気があり、しかも愛らしい。そんなイメージのある言葉ですが、一体木版画とどんな関係があるというのでしょう。では、ご説明します。

新シリーズの「チビ・ヒーローズ」は、前回のニュースレターでご紹介した浮世絵ヒーローズに端を発しています。発想も類似していて、好きなビデオゲームのヒーローを浮世絵スタイルで画いたものですが、もっとおどけた印象があり、大きさもコンパクトになっています。

ジェッドはたくさんのスケッチを送ってきていて、私は毎月その中から、ここ木版館工房で版画にするための作品を2枚選んでいます。彫りの作業は私がしていますが、摺りは摺師として働く女性たちが担当しています。「チビ」に使われる材料は、ここで製作する他の作品と同じで、高品質の山桜の版木と岩野市兵衛氏の漉く越前奉書です。

私が子供達を育てていた頃、我が家にはテレビがありませんでしたから、ここで題材にされているほとんどのキャラクターが登場するビデオゲームはしたことがありません。でもだからといって、「チビ」たちを製作する喜びが阻害されるようなことはありません。スッキリしていて、とても色鮮やかな作品ですから、身近に置いて楽しめるのです!

下にある写真は、チビ作品を保存したり鑑賞したりするひとつの方法をご紹介したもので、切手用のストックブックを利用しています。切手販売店やインターネットなどで手軽に入手できる、ピッタリの品だと思います。

「チビ」の特徴を生かした企画にしようと努力した結果、この素敵な小品はできるだけ手頃な価格に抑えられ、収集し易い形になりました。毎月お送りする1組の作品はたったの2,000円、送料は160円です。

チビ・ヒーローズの企画についての詳細は、こちらのホームページでご覧下さい。

チビ・ヒーローズのホームページ

みなさんにこの愛らしい作品をお送りする日を、一同楽しみにしております!

木版館スタッフ

木版館のメンバーについて最後に更新をしたのはかなり以前になりました。現在は私が名前を覚えられないほどに増えたので、みなさんにも最新情報をお伝えして覚えていただきましょう。現在は次のような構成です。

摺り部門

對馬康恵さん

1年前にご紹介した人です。この工房で最初に摺師見習いを始めました。3人の子持ちなので(そのうち2人は就学前児童)、週に数回しか来ることができませんが、その限られた時間の中でも腕を上げています。実際、彼女の摺った何百枚もの版画が、すでにお客様の元に届けられています。彼女のファンもいることですから、製作数が年々増えていくことを期待しましょう!

藤井提子さん

この方は、アメリカにいる版画家の友人からの紹介で、来るようになりました。彼女は学生なので、学業もあるため週に限られた日数しか来る事ができません。でも、今年の秋からはここでの作業にもっと集中できるようになるでしょう。ここで摺師見習いをしながら、ホームページの日本語版製作など、他の仕事の分担もしています。

宮下歩美さん

彼女は普通の十代の子たちとはちょっと違っています。今年の春に北海道の高校を卒業した後、より大きなチャンスを求めて上京しました。そう、伝統木版画をしたかったのです!彼女の主な興味はバレン(摺りをするのに最も重要な道具)の作り方ですが、その使い方を知るのも大切なことです。という訳で、週の数日を工房の摺台に向かって過ごしています。

石川陽子さん

彫師の朝香さん(以前ご紹介したことがあります)の紹介で来るようになりました。彼女は朝香さんのところで彫りの修行をし、私のところで摺りを学んでいます。私としては、ひとつに集中して欲しいのですが、自身の過去を考えると彼女のやり方に口出しはできなくなります。

石田奈々美さん

この工房で一番若いスタッフです。ナナミちゃんはまだ学業があるので、不規則に時々来るだけです。まだ学生なので、お小遣い稼ぎを目的に来るようになりました。ところが、彼女が予想していた以上に摺りの仕事は面白く、もっと真剣にやってみようかと考え始めて……。

その他の人たち

安井菊江さん(左)

ここでは、基本的に2つの部門が進行しています。私自身が製作する予約販売制の作品(彫りも摺りもすべて私)と、木版館部門(私以外の人が摺る)です。そのため最近は、発送する版画がたくさんあります。そうした作品を包装して発送するのが、彼女の仕事です。もう1年以上も手伝ってくれています。発送先は世界中ですし、注文はいろいろな組み合わせの事が多いのですが、時として分かりにくい私の指示でも注意深く処理してくれています。

石上説子さん(右)

彼女は先月から新しい仕事を任されています。新作のチビ・ヒーローズの管理担当です。彼女は、乾燥用の厚紙に挟んである版画を集め、点検して縁切りをし、その後、保護用の紙に差し込みます。発送日が近づくと、何百枚もの版画が希望者に発送されているかを確認するのも仕事です。このシリーズが進展すると、目の回る忙しさになるでしょう!

外部の摺師

沼辺伸吉さん

キックスターターによる支援者からの注文が大量になったために、摺りの作業をすべてこの工房でするのは不可能になりました。幸運に恵まれなかったら、私たちは暗礁に乗り上げていたところです。つまり、長年の友人でもある摺師の沼辺さんが、秋から摺りの仕事を一部引き受けてくださったのです。(日本国内での版画出版事業はあまり振るわない実情です。)私はすぐ彼に問い合わせ、摺りを依頼しました。彼は、希望者たちの要求を満たすため大いに貢献してくれて、素晴らしい版画がたくさん仕上がりました。ここしばらくは、彼が手伝ってくれるといいのですが……。

鉄井裕和さん

沼辺さんひとりで「外部摺師」としての役目は果たせそうですが、キックスターターで得たせっかくの機会なので、他の人たちとも仕事を分かつ方がいいと思います。それで、鉄井さんにもこの企画に加わってもらうようお願いしました。彼については昨年、せせらぎスタジオで企画製作することになった版画の摺りをお願いし、そのことについてこのニュースレターでご紹介しています。今回も非常に良い仕事をしてくれ、浮世絵ヒーローズの仕事で再び参加してもらえたことをとても嬉しく思っています。

これが現況です。常勤の人はいませんが、私が9人の生活を助けているとは、何とも驚きです!毎月末の私の懐が空になるのも、うなずけるというものです!

ユーチューブ

「浮世絵ヒーローズ」の記事の中で、YouTubeに載せた私のビデオに大きな反響があったことを書きました。ここで、私が実際にしたことをもう少し詳しくご説明します。数か月前ですが、私は中古のビデオカメラを購入しました。高解像度で録画できる機種です。それ以来、彫りや摺りの状況を撮影しています。

最初は、摺りの部分的な工程を無作為に撮影していたのですが、浮世絵ヒーローズの2作目を摺っているとき、始めから終わりまでの全工程を視聴者が見られる一連作品を編集しようと考えたのです。

このビデオカメラはスタッフの誰も扱えないので、自分ひとりで収録をしなければなりませんでした。作業台の脇にカメラを取り付けた三脚を置き、作業の中で捉えたい場面があると、リモコンで操作をします。小間切れの映像を、ビデオ編集ソフトを使って繋ぎ合わせ、必要な箇所にナレーションを入れます。そして、出来上がった作品をYouTubeにアップロードするのです。

こうして製作した、いくつものビデオ作品の御陰で、新規の購入者が随分増えました。ほとんどがビデオゲームのキャラクターに関心のある若者たちで、彼らは木版画がどのようにして作られるかを知るようになりました。私のYouTubeチャンネルは、世界中のブログやサイトから方々にリンクされて、中でも一番の人気を集めたのは、彫りの工程を示したビデオで、8万回近くも視聴されました。

このリンクにアクセスしてビデオを見ていただくと、この数字はもっと増えるんですよ!

この人誰?

このニュースレターを読んでいる方の多くは、このコーナーの題に疑問を感じていることだろう。「貞子って誰?スタッフの中に入ってないね。そう言えば、そんな名前のオバケいたよね」なんてね。それじゃあ言って聞かせやしょう!

私は、デービッドに魅力を感じ、彼のすることを手伝い、一緒にいることに喜びを見いだしたことのある女。何年も前のこと、陽の射し込むアバートの一室でモダン音楽を聞きながら無心に彫りの作業をしている彼は、数歩内に近づくまで私が部屋に入ったことに気付かなかった。この静かな男がひとたび作業台を離れると、猛烈な速さでタイプをたたき事務処理をする。どんな作業をしても段取りが正確で手早い。「静謐さ」と「頭の回転の速さ行動の迅速さ」を兼ね備えた彼、そしてその生き方に心引かれた。

それから時が流れ、私たちは大海原に浮かぶブイのように漂い続けた。現代社会で事業を営む人たちはほぼ例外なく、ネット社会の台頭によって大きな跳躍を迫られている時代だから、デービッドも例外にはなり得ない。彼はうねり来る波に器用に乗ってグングン前進している。と同時に、自分の工房に若者を集めて後継者を育てるという、彼の長年の夢も実現しようとしている。

私自身は特に木版画に興味がある訳ではないし、自分のプライベート空間が畳数枚に押し迫っても生きる喜びを見いだせる人間でもない。要は俗人なのだ。とすれば、おのずと2つのブイの流れる方向は離れていくことになる。今回この号を翻訳していて、このことを痛切に意識した。長年の読者の中には、訳の分からないカタカナ単語に辟易した方も多いことだろう。デービッドの営業スタイルも転換期にあるのかも知れない。

でも、最後に強調したいのは、私の中で、彼への尊敬の念はまるで変わっていないということ。毎晩パソコンの画面で互いを見つめながらの会話は、欠かせない習慣になっているし、できることならこの関係を続けていきたいと思っている。時には、会って食事をすることだってあるんですよ!

さあ、お分かりですね。貞子ってそんな存在の人。必要とされる限り、陰に存在するつもりです!

いつもの事ですが、11月はせせらぎスタジオが最高に忙しい月です。クリスマス商品として、小振りのプレゼント用版画に人気があるためですが、今年は摺りを肩代わりしてくれる人たちがいるので、少し助かりました。御陰で、ちょっとばかり「逃げ出す」機会を得ることができたのです。家族に会うためにバンクーバーへ行き、その後、週末にはロスアンジェルスへ下ってジェッドに合流し、彼が自作の浮世絵ヒーローズを紹介する大きなコンベンションに参加しました。

私たちはもう、ほぼ半年も一緒に仕事をしていますが、実際に会うのは今回が初めてです。この写真は、日本食のファーストフード店で食事をしている所を、気の利く人が撮ってくれたスナップです。

コンベンションに参加していたのは、ほとんどが20代から30代の若者で、彼らが私たちの活躍を高く評価していたのは喜ばしいことでした。でも正直なところ、この新事業に馴染むにはちょっと抵抗があるのも事実です。ほとんどの購入者たちは、--ジェッドでさえも--私の年齢の半分よりもずっと下の人たちだからです。文字通り自分の子供たちの世代の人たちと交流をしている訳です。長年日本で展示会を開いてきた私は、自分と同じかそれ以上の世代の来館者たちを相手にしてきたので、今大きな転換に直面しています。

でも、明るい面を見れば、若々しくしている助けになるかも......。少なくとも私は、そう願っています!