デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」の一冊の内容です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

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'Hyakunin Issho'
Newsletter for fans of David Bull's printmaking activities
Spring : 2010

目の回るほど忙しい春を送っているのは、もう何年ぶりのことでしょう。期限の迫る仕事が次から次へとあるので、この記事を書いている現在、片時も気を緩めることができないほどです。

これほど「仕事に追われる」はめになったことについては、いくつかの理由があります。ひとつには、二重の予定をこなさなくてはならなくなったことです。「自然の中に...」シリーズの最終作品を制作中に、次の「美の謎」シリーズの企画を決めて準備をしなくてはならなかったのです。また、春に展示会を2つ開催したために、その準備などに追われたことが加わりました。これについては、「展示会レポート」のコーナーでご説明します。新シリーズはひと月に1作というペース、これは今までに実行したことがありますが、やはりちょっと息切れ気味が続くことでしょう!

そんなわけで、この春号はどんどん後回しにされ、もうこれ以上延期できないぎりぎりの時点になってやっと着手し...なんとかみな様のお手元に、という次第です。

今年最初のニュースレターですから、例によって昨年の活動全般の報告があり、今後の企画についてのお知らせもあります。

ともあれ、休刊するよりはましですよね!

展示会報告

2年間も展示会を開かなかったので、開催への意欲は満々でした。私の体は来る日も来る日も作業台に鎖で繋がれているようなものですから、1人でいることがまるで苦にならない私でも、時には「外の空気」を吸う必要があります。さもないと世捨て人みたいになってしまいますから!

ですから展示会の予定が決まると、開催が楽しみになりました。準備は例年よりちょっと大変でした。こじんまりした銀座のギャラリーは間口もかなり狭いので、通常展示する部分をかなり削除する必要があったのです。過去の作品の展示やギャラリートーク、それに(僕としては大事に思っている)コーヒーコーナーも諦めました。

今回展示したのは必要最小限の内容で、完成したばかりの「自然の中に…」シリーズと木版館商品、そしてなんとしても外せない新企画、「美の謎」の第1作目の作品です。

この準備段階で、私がとても興味深く思っていたのは、銀座で開催すると、どんな影響があるだろうか、ということでした。今まで新宿(その後は有楽町)を選んでいたのは、ここが誰でも気軽に行ける町だと思っていたため、自分の作品を発表するのに相応しいと思っていたからです。銀座はちょっと気取った町という印象があり、私には不似合いに思えていたのです。

でも、日本の読者ならすでにご存知のように、時代は変わり、高級ブティッが軒を連ねてはいますが、隣り合わせに安売り洋服店があったりして、僕の木版画も含めて「何でもあり」の感が強くなっています。

目抜き通りに面した場所などとうてい私に手の届くはずがなく、裏通りの小さなギャラリーで満足することになりました。結果、通行人が時折パラパラと立ち寄る程度でしたが、主な開催目的は収集家の方々にお会いすることでしたから、これで良かったと思っています。実際、1週間を通じて毎日、絶えることなく収集家の方が訪れて下さいました。

この展示会が終わり一段落して通常の制作に戻ると、ちょっとした情報が入ったのです。私が今まで参加したイベントとはまるで違うタイプの、アート関連のショーです。

これは東京ビッグサイトで毎年2回開催される、デザインフェスタという大規模の催しです。「デザイン」に関連している内容であれば、アマチュアであれプロであれ、誰でも参加できる催しです。毎回2千人以上の参加者があり、来場者は数万人に上ると言われています。参加費は高くないので、騒がしく混沌としたイベントではありますが、「やってみよう」と思い申し込みをしました。

実際、会場は常に騒がしく混乱した状態でした。私に当てられたブースは、ステージに向かう主要通路に面した人通りの多い場所で、日曜日などは、どんどん入場してくるたくさんの人で、立ち止まって見ることもできないほどでした。それでも私は、ほぼ1日中実演を継続していたので、「人の目を引き」たくさんの人たちが立ち止まって話しかけてきました。

私のことをテレビや雑誌で見たことがあると言う人もしばしばあって、本物に出会った記念にと、10回以上も一緒に写真撮影をしました。

私のブースは1畳分という狭さでしたから、そこに座っていた私は、1日の終わりにはかろうじて立ち上がれるというほど足がこわばってしまいました。そして、日曜日の夜に開催を終えて帰る電車の中では、ウトウトしかけてしまったほどです。こんなことは、初めてです!

こうして疲労困憊はしたものの、結構楽しかったので参加して良かったと思っています。でも、これから暫くの間は、自分の静かな工房で作業台にしっかり向う暮らしに戻ります!

「美の謎」

「自然の中に...」シリーズが終わりに近づいていた昨年の暮れ、私は後に続く企画を決めなくてはなりませんでした。制作に向いている思う作品を集めたファイルにはたくさんの版画が集まっていましたから、案を思いつくのに問題はなかったのですが、難しかったのはどの案を選ぶかということでした。

最近私が頻繁に受ける質問は、次の企画がオリジナルか復刻かということです。答えは両方です(だと思うんですが)。でも、昔の作品の復刻あるいは改作が主になります。なぜなら、しばらくの間は緻密な技法に集中したいためで、そのためには昔の作品を手がけるのが一番いいからです。

また昨今は、世界的に経済状況が良くないので、収集家の方たちの経済的負担を少なくしたいと思いました。加えて、全シリーズは3年もかかったので、次回はもっと短期間にしたかったという希望もありました。

こういった様々な要素を考慮して考えついたのが、数年前に制作した「版画玉手箱」シリーズですが、今回は以下のことに重点を置いています。

  • 毎月1枚を制作する
  • 大きさは小判サイズ(およそ13.5cm x 20cm)
  • 収納を兼ねた飾り台は、手作りの桐箱(ニス仕上げ)
  • 副題を「美の謎」と名付けて、毎回作品の中で使われている伝統技法や浮世絵についてなどの説明をする

この記事を書いている現在は、第3作目に没頭していますが、最初の2作を手にした収集家たちからの反応はとても好意的です。もちろん私の耳に入るのは偏った情報に限られていることでしょうが、まずまずの船出でしょう!

まだ予約をしていない方、どうか考えてみてください。きっとご満足いただけるシリーズだと思いますよ!

2009年収支決算報告

恒例の決算報告、今回は過去数年にも増してお恥ずかしい結果です!

今回は前ページにグラフを追加してみました。これを見ると、20年来経験したことのないほど収入(総収入も実質収入も)が落ち込んでいます。この表をご覧になるとお分かりのように、税金や保険などを差し引くと完全に赤字財政です。ですから、支払を延期することによって、かろうじてその場を凌いでいるのが実情です。(昨年の春に私のパソコンに不具合を生じた折りには、両親の援助で新品を購入することができました!)

でも、考えてみると奇妙です。私は伝統木版画家としては成功をしています。多くの工芸家や芸術家の生計が成り立たなくなっているという時勢なのに、毎年世界中に何百枚という作品を送り出し、収集家からはとても喜ばれているのですから。問題は、制作にかかる費用が高いのに作品の価格が低いため、いつも苦しい財政難に陥るのです。

これを解決する「明確」な策は、いつもたくさんの人が助言してくれるように、価格を上げることです。でも、私はこれが答えになるとは思っていません。理由のひとつは、価格をあげれば購入者が減るだろうということです。値上げは収益減に繋がると見るのです。

必要なのは、それよりも、より多くの人が作品を購入するということです.私は200枚ずつ作品を作っていますから、それだけの費用が掛かります。でも現実には、その半分以下の人しか収集をしていないのです。つまり、200枚分の費用を掛けて、収入は100枚分です。

ですから解決策は単純です。私がもっと営業に力を入れて、この素晴らしい木版画を集めないのは大変な好機を逃しているのだ、ということを多くの人たちに知らせることなんです!

物事がこれほど単純ならねえ!

春はいい。冬の間は、死んでいるかのように見える庭の木々に心穏やかならず、近寄って固い蕾を見ては心を慰めていたが、今はそんな必要がない。日一日と庭全体が生き返る様子を見ると嬉しくてたまらず、早朝の庭に飛び出して草木に話しかけている。

この季節がやってくると植物の手入れ作業が増えはじめ、特に今は鉢植えの植物の植え替え作業が欠かせない。生長して根詰まりを起こしている植物は一回り大きな鉢に植え替えたり株分けをしてやる。ナイフで鉢に絡み付いた根を引き剥がして、スポッと鉢から抜き出し、枯れ葉や枯れ茎を除く作業は嫌ではない。が、どうしても気後れのする作業がひとつある。それは、デンドロビウムの植え替えである。

この植物、今年花を咲かせた茎には翌年花芽を付けない。もう「御用済み」なのである。だから、水苔からひと株ずつ抜き出して3分類をすることになる。1番グループは、株が充実してきているが今年は咲かなかった株。人間で言えば思春期の子供たちだろうか。この子たちは、ちょっときれいな鉢に植えて来年の「晴れ舞台」の下準備をしてやる。2番目は、まだ頼りなくて再来年になったら花を咲かせそうな株。人間で言えば、小学生か幼稚園あたりの可愛さがある。この子たちもまとめて鉢に植えてやる。さて、困り者が第3グループである。「あなたたちはもう場所塞ぎなのよ。ご免ね、許してね。」と泣く泣く処分するのが、なんとも後ろめたいのだ。

この作業、50代頃までは何とも思わなかったのだが、還暦が近づく頃からどうもいけない。姨捨山に背負って運ばれる自分を想像してしまうので、作業の間中嫌な思いをする。心苦しくて第1グループと一緒に残してしまった年があったが、これはもっと無惨だった。花が咲く頃になると、葉を落としたままの色褪せた茎が、溌剌と花芽を膨らませている茎に混じってヌボッと立っていたのだ。見るも哀れで根元から、ちょん切った覚えがある。

こんなことにこだわるなんて、私はそれほど自信のない状態で老年を迎えようとしているのだろうか。日常を振り返り、自分のしていることを具体的に挙げてみれば、まだまだ家族のみならず人様のお役に立つこともしているようだし、娘や孫たちに教えられることも少なからずあるのだから、無用の長物と化しているとは思えない。一体なぜだろうか?

おやおや聞こえてきました、おひげさんの声が。「何言ってるんだい。植物に話しかけるなんておかしいよ。それに僕は生涯現役、命尽きるまで邁進するのみさ。」

一言付け加えていいかしらん。このデンドロ、10年以上も前にお宅のベランダにあった鉢の高芽からの子孫なのよ。覚えてないでしょう!!

「自然の中に心を遊ばせて」を終えて

新シリーズを早急に開始しなくてはならないという事情のため、今回は紙面を切り詰めました。そのために次回送りとなった記事がいくつかあり、このコーナーもそのひとつです。

報告は次回に掲載しますが、収集家の方たちにひとつお願いがあります。私は作品を創造して制作し、回毎の話も完結させていますが、作品を見る私自身の視点は限られています。そこで、このシリーズ全体を御覧になった方々からのお声を聞き、掲載内容にそれを加えたいと考えているのです。

好意的な意見だけを求めているのではなく、どのような批評も含めてお聞きしたいと思っておりますので、ぜひご意見ご感想をお寄せ下さい。楽しみにしております!