「自然の中に心を遊ばせて」 : 第五章 : 秋の森
「手はず通り真夜中に目を覚ましたからだ。「彼女」が僕を呼んでいる。テントの入り口を開けて首だけ出して辺りを見ると、とても信じ難い光景が目に飛び込んできた。 生まれてからずうっと「真夜中は暗いもの」と思い込んでいて、今はその真夜中である。それなのに、この光景は何てことだ!数ヶ月前に海辺で見た満月はこんな様子ではなかった。周囲一帯には何も見えず、目に入って来たのは空に浮かぶ球のような天体だけだった。ところがここでは、頭上のどこかにあるはずの月のかけらすら見えない。目に飛び込んできたのは森だけなのだ。この情景を見て、私は何年も前にとある公会堂でフルートのソロ演奏をしていたときのことを思い出した。ホール全体の照明が落とされ、頭上からのスポットライトだけが白い光の束を自分に投げかけていて、とても神秘的な雰囲気をかもし出していた。今夜の光景は正にその状態なのだが、スポットライトは自分だけに向けられているのではなく、テントの周囲に広がる森から下の方に広がる窪地、そして谷を隔てた向かいの丘までも銀色に輝かせている。」