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March 5, 2006

次は、実際の版画制作についてです。まだまだ、彫刻刀を研ぐ段階にはほど遠い状況です。彫の作業の前に、版木の上に絵を写さなくてはなりませんが、これもまた時間の掛かる作業なのです。

最近は、様々なコピー技術が開発されていますが、複写機などの自動操作で版下を作るというわけにはいきません。それには次のような理由があるからです。

まず、今回の作品の原画となるのは、肉筆画で版画ではありません。版画を復刻する場合には、元の線を見つけ出しさえすれば、同じ所を彫れるのですが、今回は、その線が存在しません。もちろん線はありますが、頼りとなる線は一本もないのです。この拡大写真を見てください。


絹地に墨で線を画いてから、墨で囲まれた部分を、半透明な絵具で塗ってあります。ですから、色の部分に墨の線がかすかに透けて見えます。私達が、離れた位置からこの掛軸を眺める時、目に入る黒く美しい線は、絵師が最初に画いた線ではありません。伝統木版画では、透明な絵具を使うので、こういった線のどこを境界とするかを自分で決めなくてはならないのです。

複写を使えない他の理由に、原画の損傷があげられます。絵の所々、それも特に帯の部分では、絵具が剥がれてなくなっています。そのような部分は自分で書き足さなくてはなりません。元の柄が予想できる程度の損傷ではありますが、こういった場所は彫に入る以前に、しっかり修復しておかなくてはならないのです。

そんな訳で、もうお分かりのように、原画の複写を元に彫り始めるなどということは不可能なのです。で、答えは?単純です。筆とペンを取り出して、墨線のみならず模様もすべてなぞって版下を作ってゆくのです。