ふぐは福者か

今回の作品は、岳亭春信が19世紀初期に画いた摺物です。彼は、何百枚もの美しい作品を残していますが、現代の人たちにはほとんど知られていません。それは、彼が摺物という分野の作品ばかりを画いていたからでしょう。摺物は注文制作ですから、一般向けに販売された役者絵などを画いた同時代の作家たちのようには、広く知られなかったのです。この仕事に専念した岳亭が、これを補う喜びを得ていたと願うところです!

この作品のオリジナルはもう少し大きく、歌が2首載っていましたが、私は幾分編集しました。摺物は本来、狂歌グループに属する趣味人たちが、自分の博識さや美的感覚を仲間に誇示するための手段として依頼し作らせた版画です。でも現代の私たちに歌の意味はほぼ理解されず、装飾対象としてのみ意味を持つようになっています。実際、摺物はとても美しいので、私たちほとんどにとっては、絵を見るだけで十分楽しめるのです。

この絵の特徴となるのは、2匹のフグの体に使われている「きめ出し」です。これは、エンボスの一種ですが、作品の縁を飾る「空摺り」とは少し違う技法です。空摺りの場合は、彫った版木の面に紙を載せてバレンで摺りますが、きめ出しの場合は、彫ってへこんだ面に紙を押し付けます。ですから、紙自体が表面に向かって少し盛り上がり、浅く浮き出るのです。紙を破かずにこの工程を行うのには自ずと限界がありますが、このような作品の場合には、浅いきめ出しで十分に効果を発揮します。

こうして作品の精度を上げていくと、余分な時間(費用)が掛かることになりますが、摺物を注文した昔の人たちにとって、そういったことは問題外でした。彼らの狙いは、人々を幻惑させるような魅力のある作品を作る事だったのですから。

私の狙いも同じです!

平成23年4月

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