浦島太郎

前回お伝えした通り、今回は「平成時代」の作品です。ということは、用いた絵の作家は現在も活躍している人です。日本の方は一目でお分かりのように、浦島太郎を題材としています。作家は関香織さんという若い女性で、彼女が昔話を題材として作ったカルタの絵から選ばせてもらいました。

彼女と私は、昔とまったく同じ方式でこの作品を作りました。私は、輪郭を示す「線書き」という状態の絵を彼女から受け取り、それを版木に彫り、その後彼女に色分けを指示してもらいました。ここに、伝統木版画を制作する上で、とても重要な点があります。残念ながら、一般の方が見ても見分けられない点です。

出来上がった作品には、3つの異なる緑が見えますが、私は緑色の絵の具を全く用いていません。また、紫色も橙(だいだい)色もありますが、絵の具を溶く容器の中にそのような色は見当たりません。私が使う絵の具は全て「透明」なので、重ねて摺ると混ざるのです。絵の中にある熱帯魚の明るい黄色は、他の部分にも使われています。海藻と橙色の魚です。上から青を摺ると海藻は緑になり、紅色を摺ると魚は橙色になりました。

こうして色を組み合わせると、必要な色版の数が減りますから時間の短縮になりますが、それは私たち摺師が目的とするところではありません。このようにして色を重ね摺りされた場所では、紙の表面に絵の具が入っていくため、容器の中で絵の具を混ぜて隣り合わせに色付けするのとは違い、色同士が美しく調和して全体の統一感が出るのです。これは、ほとんど知られていない技法のひとつで、伝統木版画の「秘密」でもあり、人々の視覚に訴える最も需要な要素になっています。

関さんは、版元デービッドに彼女の基本的な考えを伝えました。それから彫師デービッドは、その意向を反映させるよう版木に彫り、次に摺師デービッドが刷毛とバレンを駆使して具体化しました。共同作業。伝統木版画の持つ、もうひとつの秘密です。経験を積んで技術を蓄えた何人もの力の結束が、「ひとり舞台」ではなし得ない奥深さを日本の木版画に与えたのです。

関さんの作品の中には、魅力的な絵がたくさんあります。その多くは、今月使用した比較的単純な題材に比べると、より「充実した」内容を含んでいます。ですから将来、私たちが協力し合う機会がもっとあるようにと願っています。

平成23年2月

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