悟道の月

今シリーズの9作目となる版画は、月岡芳年の作品です。これは、「月百姿」というシリーズの中にある作品で、布袋様を用いて禅の教えを表現しています。

説明の仕方は様々あると思いますが、要旨はこのような内容だと思います。「空に月が見えているにもかかわらず、それを指す指ばかりを見つめている者にはその美しさを理解することができない。つまり、『月を示す指』と『月』の関係は、『教典』と『悟り』の関係と同じである。」

絵の意味を知ると、この作品はシリーズの最後まで残しておいた方がよかったのでは、と思ってしまいます。「分析」に重点を置き過ぎると目の前にある作品の美しさが見えなくなるということを、私たちに悟らせてしまうからです。とは言うものの、それでも私は自分が持ち出したテーマを退けて、細部について言及したいと思います!

この作品は、筆で描かれた下絵に沿って彫り、それから摺るという伝統的な手法で作られています。でも、今までの作品と大きな違いがあることに気付かれたと思います。たとえば6作目にある祐信の作品の場合、墨線は優美で流れるような筆の動きを感じさせますが、芳年の方はまるで違う感性を持つことがはっきり分かります。大胆で勢い良く、書きなぐっているようにさえ見えます。

この特徴を捉えるため、私は「掠れ彫り」という手法を用いました。筆に含まれた墨が少なくなるとできる掠れを、彫で表現しているのです。かなり余分な時間を要しますが、こうすると本物そっくりな筆の流れが表現できるのです。祐信の時代の彫師たちがこの彫を見たら手抜きをしていると思うかも知れませんが、伝統は進化するものですから、この作品が作られた明治時代には、どの浮世絵にもこの手法が使われるようになったのです。

これで、今シリーズは中間点に到達しました。たくさんの手法を見て来ましたが、まだまだ「説明したい項目」はたくさんあります。そして、次回はこれまた興味をそそる作品です。このシリーズを企画して私が最も悔やむのは、配達された包みを開ける興奮が味わえないということです!

平成22年12月

(Click to close)