秋深む

様々なシリーズを制作するとき、作品の選択にあまり影響を与えない要素 は作者の「知名度」です。世界中に知られていようがいまいが、まるで気に しません。絵が気に入れば作ります。あまり知られていない絵師の作品を加 えたくて、ちょっと大変な思いもするでしょうが、これも、大家の作品があまり に出回り過ぎているので、バランスを取りたい気持になるからです。でも、大 家の作品に高い評価が集まるのには、それなりの理由があり、それは紛い無 く質の高さなのです。聞きたいのは、どうしてもベートーベンのシンフォニー、 ということもありますから。宗理はそんな作家のひとりです。版画用の絵にか けて一流の彼を、知名度が高いからといって避けるのは、いかにも近視眼的 というものでしょう。

ここにある彼の絵は、浮世絵の中の「摺物」という様式で、個人が出版し たものです。(「出版」という言葉はおかしいですね。作品は販売されること がなく、一般に配布されもしなかったのですから。)宗理は、摺物の絵師とし て多くの依頼があったようです。彼の作った摺物は、弟子であった北渓の作 品と共に、たくさん残っています。2人はこの分野で何年もの間、ほぼ独占 状態を続けていたようです。

この絵は、遥か彼方にある月が枠からはみ出るほど大きく描かれています。 21世紀に生きる私たちにとって、このように「望遠レンズ」を利用して撮影し たような構図は、珍しいものではありません。写真や映画で頻繁に目にしてい ますから。でもこの版画は、200年近く前に作られているのです!彼はどうし てこのような構図を考えられたのでしょうか? ま、天才画家ならば、ことさら 意識することもなかったのでしょう。

ここでもうひとつ、お伝えしておきましょう。この絵を描いて数年後、宗理 は幾分違った画風で創作をするようになり、別の名前を使った方がいいと考 えました。その後、彼は何度も改名しますが、歴史の本にいつも「記載」さ れているのは、この次に決めた名前です。彼はこう名乗るようになったのです ……北斎。

平成22年10月

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