肥前雲仙岳

さらりとして品のいい作品が2点続いた後なので、「重厚」な絵を選んでみ ました。これは、「新版画」というジャンルで良く知られている川瀬巴水(はすい) が、1927年に制作した作品です。新版画は、渡辺庄三郎という版元が初め て開拓した分野で、浮世絵と同じような題材(風景や美人や役者など)を用い、 版元・絵師・摺師・彫師といった人たちと協同で制作する点も共通しています。

「山と水」という題材は初回で使用したばかりですが、良く観察すると広重 の作品とは違う点がたくさんあり、中でも最も基本的な相違点は写実性です。 たとえば、広重が墨をちょっとたらすと、それが人になったり船になったりし ましたが、巴水はそういった対象をきちんと描いています。実際、巴水はこの 場面をスケッチするため九州に足を運んでいます。ですから、この同じ場所に 行ってみると、実際の景色と同じことが分かります。一方広重の作品の場合は、 そのようなことはまずありえないのです。

完成まで職人に任されました。彫師や摺師が絵師からその後の指示を受ける ことはなかったのです。でも新版画の作家たちの場合は、その行程にも深く 関わりました。日没を見た事のある人なら明言するように、その様子は刻々と 変化してゆきます。これと同じく、どの版木の組み合わせを用いても(文字通り) 無数の摺り方があるわけですから。巴水の古い日記を読むと、彼が作品を制 作するときはいつも、自分が考える色や色調バランスが得られるまで何日も摺 師の側で作業に関わっていたことが分かります。これは密度の濃い協同作業 で、木版画を鑑賞する私たちが、名もない職人たちが創作活動に関わったと いうことについて何も知らないのは、とても残念なことだと思います。

でも、私とみなさんはもう知っていますよね!

平成22年8月

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