あぢさゐ

前回から百年ほど時代を移行して、明治34年に発行された「The Favorite Flowers of Japan 日本の愛される花」という書物に掲載された作品です。これは、横浜を本拠地として海外向けに日本の植物を供給していた会社が、販売促進を目的として発行した本です。植物の絵は、口絵作家として人気のあった三島蕉窓(しょうそう)に依頼しています。

収集家の方たちの中には、このような描き方をご覧になったことのある方がいらっしゃるでしょう。「版画玉手箱」シリーズで、同じ本から盆栽の絵を用いましたから。今回も私は、きっと同じ理由でこの絵に魅力を感じたのだと思います(みなさまも同じだといいのですが)。この作家は、空白部分をとてもうまく利用しているのです。これは日本の絵画の際立った特徴でもあり、このような作品を初めて目にした海外の作家たちは、非常に強い衝撃を受けました。

このようなことを言うと、ちょっとおかしいと思われるかも知れませんが、日本の木版画の魅力は「無」にある、すなわち空白にあります。でもこの作品では、空白部分が活用されているだけでなく、作家は他にも趣向を凝らしています。絵の中心となる箇所をあいまいにして、見る人の注意をそらしてしまっているのです。つまり、左の方にある何枚かの開きかけた葉には濃い色でメリハリのある描き方をし、主体となる花自体には微かな淡い色しか付けずに、しかも端の方に押しやるかのような描き方をしているのです。

それなのに、この絵を全体として眺めると完璧な出来となっています。省略とそらされた焦点。これは日本語を連想させますが、決して唐突ではありません。この国では何世紀もの間、絵と歌が切り離せないほど結びついているからです。ですから、歌心のある人がこの絵を見れば自然に句が閃いてくることでしょう。私にできないとは、何とも残念です。美しい書で記された歌を飾って欲しいと、この空白がせがんでいるのに。

平成22年6月

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