版画玉手箱 #10


役者絵

そろそろ劇的な場面を加えてもよい頃合いでしょうか。このシリーズ、かなり落ち着いた作品が続いていますから、ちょっと皆さんに目を醒ましていただきましょう!

これは、おそらく1730年代の作品でしょう、絵師は西村重信で出版元は「いせや」となっています。着物にある大きな紋から判断して、この役者は、このころ人気のあった荻野伊三郎です。どのような演目のどの場面を描写したのかは、様々な本を調べてみたのですが、なんの手がかりも得られていません。私の想像するところでは、井戸の中に隠れていたこの人物が、突然姿を現して刀を抜き、悪者を追い払うという、劇的な瞬間を捉えたものではないでしょうか。これをご覧の方の中に、歌舞伎に詳しい方がおられて、詳細について教えてくださると期待しているのですが...。

この版画は、正確な意味での復刻とはなっていません。多色摺が行われるようになったのは、ずっと後のことで、このオリジナルは漆絵として制作されています。輪郭を作る墨の線は通常の木版で摺っていますが、色の部分は一枚ずつ筆を使って塗り、真っ黒な部分には光沢のある漆を塗っています。

「摺物アルバム」でも漆絵を復刻したことがあり、その時には、実際に自分も一枚ずつ色付けをしました。でも今回は、絵を縮小していますし、予定にゆとりもないという理由で、申し訳ないのですがここまで再現することはできませんでした。それで、多色摺が使われるようになる数十年先まで時代を早めて、その手法を使うことにしたのです。実際に自分でやってみると、色版を用いるという技術が、版画にどれほど進歩をもたらしたか、身をもって感じます。色塗りをする人達が並んで座り、墨線からはみ出さないように一枚一枚順繰りに色を塗る作業をする代わりに、摺師が次から次へと多くの枚数を仕上げていける、しかももっと精密な仕上がりです。

この摺師達も、1世紀半の後には時代遅れの存在となりますが、それまでは盛んに活動していたのです。

David

平成17年6月6日