デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

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その人は耳朶をいじっていた。人差し指の先で、前から後から。繰り返し打たれ、揺れ続ける耳朶は、まるでボクシングのパンチングボールのよう。私は、この女性の右後方に立って電車を待っていた。ピアスの穴もないふっくらした耳朶はやがて赤味を帯び始める。

なくて七癖、日常無意識にしている動作は誰にもあることだろう。私の父も耳朶いじりが激しかった。彼の場合は、人差し指と親指の第一関節でつまんで引っ張る。ある日、小さく切った絆創膏が耳朶に付いていた。「どうしたの?」幼かった私は勇気を出して聞いた。「いじりすぎて切れちゃったんだよ。」予想外の率直な答えに、私の方が気まずい思いをしてしまった。

中学校の教室で、右前方に艶やかな長い髪の級友が座っていた。授業中、すらりと伸びた美しい指がその髪の毛の間を流れるように通る。真っ白な指が漆黒の髪の毛の間を緩やかに流れていく。何てきれいなんだろうと見とれていた。ある時その左手の甲に傷があることに気付いた。美しい手に、あってはならない痛々しい傷跡が、癒えることなくそこにある。「どうしたの?」ある時、出来る限りさりげなく聞いてみると、自分で引っ掻いてしまうとのこと。どうしても引っ掻いてしまう。止める事ができないのだと答えが返ってきた。

私自身は、小学校の頃に鼻をクンクンとならす癖があった。何がきっかけでそんな癖がついてしまったのか、どうしても止められない。我慢していると呼吸ができなくなる苦しさで、「クン」と一気に空気を鼻から出す。ある日クラスの男の子に、「きたねえなあ!やめろよ〜!」となじられた。たまらなく恥ずかしかった。その日から試練が始まる。できるだけ我慢してクンの間隔を伸ばした。どのくらいの日数を要したのか覚えていない。だが、いつの間にかその癖は消えていた。

癖なんてあっても構わないものだと思うが、それが体を傷つけたり人に不快感を与えるのなら止めた方が良いだろう。私の長女は枕カバーの四隅をいじる癖があった。嫁いだ家を訪ねると、クッションカバーの四隅が擦り切れていた。だが、彼女に子供が授かってからは、どのカバーにもきちんと四隅が存在している。

えっ、ミスター版画家の癖?ご存知の方ご一報を!

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