デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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香り

早春の楽しみは何といっても花の香り。庭から摘み取って生けておくと、家中のいたるところで、かすかな春の香りが楽しめる。寒さの中をこらえて、やっと咲いた花は、張りがあって生き生きしている。

こうして、ほとんど庭から調達する花で楽しむのだが、室内で越冬させている草花もある。そのひとつは、何年も育てているデンドロビウム。1年のほとんどは、見栄えのしない葉だけなのだが、3月になると白くて小さい可憐な花を咲かせる。

私は冬の間から待ちきれなくて、毎日この鉢を覗き込んでは蕾を探す。やっと蕾らしき物が葉の間に見えると、体中の血が駆け巡る。こんなに覗いたら、恥ずかしがって枯れてしまうのではないかと心配するほど覗き込む。

数週間してやっと、いくつもの蕾が膨らみ始めるのだが、まだ何も香らない。花がちょっと開いたくらいではまだ香らない。まだかまだかと鼻をくっつけるようにして催促する日が続く。そして諦めかけた頃、甘い香りが私にそっとまとわりつく。「ああこの香り!」そしてしばらく酔いしれる。

香りの最盛期はほんの数日だけ。愛らしい花は数週間楽しめるが、私はこの香りが忘れられず、残りの1年を再び鉢の手入れに費やす。

私は、贅沢にほど遠い暮らしをしていると思うが、安物の香りだけはご免被る。近頃は、体臭や家の臭いを消すと称して、「良い香り」を振りまく商品が大手を振って人々の生活のなかに侵入しているらしいが、いかがなものだろうか。私は家の臭いも人の臭いも嫌いではない。無臭である方がむしろ不自然だし、化学的香料なら、ない方がずっとましだと思っている。朝起きたら家中に風を通し、清潔な衣服を身に付けていれば、洗濯機の普及した現代生活に不快な臭いなどないだろうに、と思う。私たちは人間という生き物で、無味無臭のロボットではないのだもの。

先日、本屋の棚に並んだ文庫本のタイトルをざっと見ていると、「必要ないものを売る方法」といった風のタイトルを見付けた。これなんだなあと納得した。人工香料を販売することで生計を立てておられる方がいらしたら申し訳ないけれど、「あんた臭いわよ、嫌われるわよ!」と脅かすかのような宣伝を、私は好まない。

えっ、質問ですか? デービッドのニオイは、そのう、あのう、し〜らない!

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