夏号で、現在手伝いをお願いしている主婦の方たちのひとり、對馬さんをご紹介しました。工房を訪ねてくる人達が、私の弟子なのかと聞く事がありますが、たいていは「ちょっと違うんです」と答えています。昔は、摺師の道に入ろうとしたら、まず見習いになったものでした。若い職人は、いつか自分の工房を構えて親方になろうとしたのです。對馬さんに(他のパートさんたちも)そのような考えは、まるでありません。
彼女たちがここで働き始めた動機は、仕事が必要だったからです。「キャリア」を積むことは念頭になく、生計の足しにすることが目的です。でも、面白い現象が起きました。對馬さんは、この仕事が彼女の性格や能力に向いていることが分かったのです。ですから、労働時間を加算するだけが目的ではなく、摺の仕事自体に興味を持っています。それは、彼女の上達ぶりに現れています。
彼女の労働時間はかなり不規則なので(主婦ですから)、ちょっと計算しにくいのですが、時間計算表を見ると、だいたい分かってきます。彼女がここへ来るようになったのは真夏で、12月の始めまでに160時間働き(あるいは練習)しました。これを1日8時間として計算すると、ちょうど1ヶ月になります。
このことに言及するのは、彼女が12月に、今年の年賀用版画のほとんどを摺ったという業績をなしたからです。たいていの工房がそうであったように、経験を積んだ摺師(今回は私)が墨版を摺り、見習いの摺師(今回は對馬さん)が残りの色版を全て摺りました。これは、見過ごしていい仕事ではありません。摺ったのは300枚だったのですから! 1ヶ月の訓練期間で、今までバレンを握ったこともなかった全くの素人が、工房から発送できる大事な仕事をするまでになったのです。
次の段階は、明確です。彼女に、木版館のカタログに載せられる版画を作ってもらいます。実は、この企画はすでに開始していて、彼女が初めて制作した版画が2作公開してあります。私が10年以上も前に制作した、摺物アルバム第1集にある北斎の作品と、私が木版館用に彫った、明治時代の絵師、三島蕉叟の「月明かりの梅」です。
作品は、ウェブショップからも購入できますが、同封の振込用紙をお使いいただいても結構です。今回は、「デビュー記念」として、割引価格を設定致しました。みなさんが對馬さんの努力に応援してくださることを願っております。私は、彼女とこの先も長く協力して仕事をし、彼女の摺台から美しい版画がどんどん生まれていくことを楽しみにしています。
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