デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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収集家の紹介

自分が制作した版画をお送りする方たちを、どう呼んだものでしょうか。私の営業方針を考えると、まったく答えに辿り着けません。「お客様」でしょうか? 実際、生産物を金銭と交換するのですから、理論上はこの言葉が妥当なのでしょうが、私の場合はどうもしっくりこないのです。この話の題にあるように、私はいつも「収集家」という言葉を使っていますが、こう呼ぶと、対象となる人たちを、切手を集めてアルバムを作っている子供みたいに扱っている気がするのです。かといって、「後援者」とか「資金協力者」などと呼ぶのも面映いのです。まさか、モーツアルトが活躍した時代じゃあるまいし。

でもこういったことは、全て理論上だけです。なぜなら、たいていの場合こんな言葉は不必要だからです。私の作品を受け取る人たちとの交流は、たいてい電子メールや申し込み用紙から始まりますが、新たな主に何作かの版画を送って交流を深めると、より相応しい呼び方が自然に浮かんできます。そう、「友達」です。

そんな訳で今回は、私の作品を購入してくださっている方をご紹介するというよりも、私の友人に会っていただくという気分です。

マーク・カーンさんと私は、「新版画」を研究するインターネット上のグループ活動を通して、10年ほど前に知り合いました。グループの人たちは、彼らが集めている版画を制作した職人について、よく私に質問をしていました。中にはまだ健在な職人もいたので、私は未記入になっていた空欄を埋める資料を仲間に提供していたのです。

マークとの交流を深めていくうちに、彼が軽い興味心でこの活動をしているのではなく、むしろかなりなマニアであることが分かってきました。彼が特に関心を寄せているのは新版画運動の初期で、浮世絵からどのように発展してきたかという点でした。新版画運動が起こり始めた頃、新手法を用いて制作活動をしていた作家たちのひとりに、高橋松亭という人がいます。マークは、この人に特別な愛着を持っていて、松亭個人の記録や作品に関して最も深い知識を持つ存在になっています。この研究を始めた頃マークは、当時まだ普及し始めたばかりだったインターネットが、研究や教育に絶大な貢献をするということに気付いていました。それで、自分の調べたことを公開するホームページを立ち上げたのです。そうすれば、この分野を研究する他の人たちに資料を提供できると考えたからです。

ホームページのアドレスは、「shotei.com」で、彼が見込んだ通りとても貢献するサイトであることが認められています。その証拠として、新版画の歴史や発展に関する本を読めば必ず、彼のホームページにある資料を評価する旨を記した脚注がたくさん見つかります。遡って、西洋で浮世絵研究が始まったばかりの頃、その活動を先導していたのは、深い知識を持つ意欲的なアマチュア集団でした。そして今日、マークのような存在がその伝統を引き継いでいるのです。

私が敢えて「アマチュア」という言葉を使ったのは、マークが(私もそうですが)どの研究機関にも所属せず、単独で研究活動をしているからです。彼はソフトウェアデザイナーという専業を持ち、版画研究はいわゆる「アフターファイブ」を利用して行っています。もっとも彼は、家で仕事をしているので時間の融通がきくらしく、研究をしている時刻は不定期です。受け取ったメールの発信時刻を見ると、現地時間が朝の5時であったりしますから。(私たち版画を研究している者たちは何たる犠牲を払っているのでしょうか。一晩中昔のカタログに目を通したりして、ねじり鉢巻で活躍しているのですから!)

新版画は、20世紀初頭という比較的最近に発展した分野なので、その起源に結びつきのある人がまだ健在なことがあります。そういった人たちを探し出して話を記録することは、マークの研究の一部でもあります。数年前にマークは、戦前ニューヨークで版画を出版していた人の孫を訪問するため、来日しています。マークはこういった人たちから資料を集めるだけでなく、訪問を受けた側は、彼に会わなければ知り得なかった祖先の話を聞けるので、情報交換は双方向の流れを持ちました。

正直なところ私は、マークとその仲間たちが研究している内容の一部には、あまり関心がありません。たとえば、ある特定の版画がいつ出版されたのかを正確に突き止めたり、という場合です。でも、ある分野の版画がなぜ生まれ、どのように熟成していったかなどという、より広い視点からの研究にはとても興味を持ちます。ところで、私の心を強く捉えて止まない話が、まだ残っています。新版画の起源についての話です。数人の洞察力をもった版元たちが、もっと木版画を発展させられると考え、必要な人材を集めたのです。まず、思い描く絵を紙上に具体化できる絵師を、次に、高度な技術でその絵を作品にできる職人を集めました。そうして、全ての仕事を進行させました。

この一連の人たちが創り出した遺産は、20世紀の芸術の歴史にとても重要な1章を残すことでしょう。まだ完成はしていませんが、現在研究している人たちが互いの成果を持ち寄り続ければ、いつの日かそうなるはずです。

何年か前にマークが、私の作品を彼の膨大な蒐集の中に加えようとしたとき、私は当然ながらとても嬉しく思いました。でも、新作を彼に送る度にちょっとした心のうずきのようなものを感じます。私の作品が、20世紀の偉大な作家達の貴重な作品群の中に加えられていくのです。自分の作品がこうして受け入れられているのは、大きな喜びですが、ちょっとドキドキする気分です。

過去の最高傑作が持つ細かなニュアンスを敏感に見抜く目を持った人が、私の収集家の中にいる……、身の引き締まる思いがすると受け止めれば、いいのでしょう!

マーク、長年僕の活動を支えてくれていること、そして、新版画の研究に大いなる貢献をしてくれていることに、心から感謝しているよ!

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