デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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収集家の紹介

この季刊紙の編集内容について、暫く身勝手が過ぎていたようです。長年の読者なら記憶されていると思いますが、毎年2回ほどこのコーナーを設けていました。ところが、最後にご紹介したのはいつだったでしょうか、軌道修正の時ですね!

今回ご紹介するのは、埼玉県東松山市にお住まいの田内陽子様です。私の収集家であるというだけでなく、私の協同制作者と言ってもいいほどの存在です。田内さんが初めて私の展示会に来てくださり、名刺をくださったそのとき、私は彼女が将来共に何かをなしうる存在であるということを直感しました。

その名刺は、手漉きの和紙に印刷ではなく毛筆でしたためられたものでした。私自身はまったく書が出来ませんが、優れた書を丹念に観察した(彫った)経験が長いので、一目で一流と分かったのです。その勘は当たっていました。田内さんは、仮名文字の特別指導をするだけでなく、出版社や印刷業会やテレビ局などの人材ファイルに筆耕家として登録されていて、必要な時に即対応できる貴重な存在です。そのため、いつ何時緊急の依頼が来るか分からない状態ですが、芸術性の高いプロの書家として、忙しい毎日を送っていらっしゃいます。

田内家で芸術性や文学の才能を発揮しているのは、彼女だけではありません。ご主人は大学教授ですが、作家として賞を受ける才の持ち主。ふたりのご子息は、ベストセラー作品で知られる翻訳家と曼荼羅をテーマにオリジナル作品を展開するアーティスト。お嫁さんは料理の本を出版する、という顔ぶれです。ですからご自宅には、ご家族の趣味がしっかり反映されています。ご想像通り、どの部屋にも絵画や写真や書が飾られ、どちらを向いても本棚が列をなしています。

田内さんが私の作品制作に協力してくださっている旨を書きましたが、ここにある版画はほんの一例です。歌の書された版画を作りたいと考えて田内さんにお願いすると、快く引き受けてくださったのです。お送り頂いた書には大変満足し、その文字を彫って摺る作業はとても心地よく進めることができました。ですからそれ以降も甘えて、色々お願いをし続けています。現在の「自然の中で心を遊ばせて」シリーズで制作している和綴じ本の表紙も田内さんの書ですし、以前制作した掛軸を収納する桐箱には、直接筆で書いていただきました。大変なお願いをしてしまったものです!

今回の訪問では、田内さんのお仕事についてもっとお聞きする予定で、最初のうちはそれができそうだったのです。まず、彼女の美しい書でしたためられた万葉集や百人一首のアルバムを拝見しました。でも話の途中で、そこに使われているちょっと変わったきれいな紙について質問してから、話が脱線してしまいました。田内さんはすぐに立ち上がって納戸に行くと、大きな箱をいくつか抱えて戻ってきました。中には、すごい宝物が入っていたのです!

それは西陣帯の横糸として装飾加工された「引箔(ひきばく)」という和紙でした。長年営業していた織物工房が閉鎖されるとき、捨てられそうになるところを彼女が引き取ったのです。田内さんがたくさんの引箔を箱から取り出すと、金箔や銀箔や漆で加工された和紙が畳の上にどんどん広がっていきました。彼女は最初、引箔に毛筆で書くことに興味を持ったのですが、かつては珍しくなかったものでも、現在は希少なものなので大切に保存しなくては、と悟ったそうです。(田内さんがご自分の展示会を開く折、この紙も紹介してくださる日を楽しみにしています。この紙の存在すら知らない人がたくさんいるのですから!)

時間はこんな風に過ぎてしまい、部屋の中は掛軸やら書やら本でいっぱいになっていました! 私は常々、自分の作品を集める方たちのほとんどがごく普通の人たちで、作品を日常生活の一部にしていただいて嬉しいと書いてきましたが、こうして素晴らしい芸術品の数々の間に自分の作品も飾られているのを目の当たりするのも、なかなかいいものでした。

次回お尋ねするときには、実際の筆さばきを拝見しなくては!

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