デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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ノーラ

4月の終わりに10日程アメリカの友人を尋ねたのだが、その折りに素晴らしい女性を紹介された。会う前に大まかな説明は聞いていたものの、実際に何時間かを一緒に過ごして、私は彼女の生きる姿勢に深く感動した。幼女のように好奇心に満ちた輝く目は、今もはっきりまぶたに浮かんでくる。

ノーラという名の彼女は現在94才。苦難に満ちた激動の時代を生き抜き、大病も何度かしている。詳しい経過は自伝を読んでいないので分からないが、80才を過ぎてから小説を書き始め、現在は大学の講義も受ければボランティア活動もし、旅行も楽しんでいるという。長距離は避けるものの、車の運転もしているとか。とにかく好奇心旺盛で童女のような人、頭脳も明晰だ。

最近は、90才を過ぎても現役で若い者顔負けの活躍ぶりを見せる高齢者は少なくないらしく、テレビなどで紹介されることは珍しくない。だが、実際にそんな女性と一緒に行動し会話をすることで、私は大きな衝撃を受け、はっきり見えてくるものがあった。それは、自分の中に潜む「甘え」である。

実は私、今年の初めに還暦を迎えている。30、40、50という数の節目ごとに過去を振り返り、漫然と生きてきた己に多少のふがいなさを感じはしても、一晩眠れば元の木阿弥。相変わらずの漫然とした生活にするりと戻るのが常だった。だが、さすがに60回目の誕生日は違っていた。60年の重みがずしりと胸にこたえたのである。加えて、もう新たなことに取り組むことなどできず、下り坂を歩むだけなのだろうかと、正直、多少の寂しさも感じていた。

その視点がノーラに会うことで大転換。彼女から見れば私など、まだまだはなたれ小僧のようなもの、残された貴重な時をしっかり生きなくてはと感じ入った。その衝撃は、自分の下の敷物をさっと引き抜かれて、気付いたら地面の上に立っている、そんな気分だった。

聞こえてきますよ、ノーラに会わなくても良いお手本が何年も前から目の前にあるじゃない、という声がね。確かにそう、このおひげの男性は常に新しいことに挑戦しているけれど、私のお手本となるには浮世離れし過ぎているんですよ。絶えまぬ挑戦はいいけれど、生活面でのバランスという観点から見ると、私の掌握範囲を超え過ぎている。

ともあれ、ノーラの示してくれた生き方を、しっかり心に留め置きたい。最後の最後まで、前進あるのみ!

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