このニュースレターの「収集家の紹介」で、長年に渡って私の活動を支え続けてきてくださっている土井利一さんを御紹介したのは2004年の夏ですから、今から丁度3年と少し以前になります。前号でちょっと触れましたように、彼は自分のコレクションを使って版画展を開催する計画を立てられたのです。とても素晴らしい版画展でしたので御報告します。
土井さんを紹介した時には、彼の千社札収集に焦点を合わせて記事を書きましたが、実際は新版画というジャンルの方を主として収集しておられます。新版画は20世紀の前半に作られていて、昔の浮世絵と同じ分業システムをとって作られています。版元が企画全体の主導権を持ち、作家と彫師と摺師が協力して作品を作りました。土井さんは新版画をたくさん集めておられますが、今回は川瀬巴水という作家だけを扱い、その作品が概観できるようにしてありました。
巴水が亡くなったのは1957年ですから、今年が没後50周年となりそれを機に彼の版画展を開こうと決心したそうです。会場は文京区にある、個人経営の礫川(こいしかわ)浮世絵美術館でした。土井さんは、美術館が主催する伝統木版画の研究サークルに所属していることもあり、それが縁でこの美術館の使用を許されたとのことです。一般の人にはあまり知られていない小さな美術館ですが、施設はとても立派でとても素晴らしい展示がされていました。
この版画展を開くにあたり土井さんは、巴水の作風の変化を示す代表作を選んでおられ、ほとんどが関東大震災前の初期の作品となっています。これらの版画は主に渡邊版画店から出版されたもので、現在では手に入りにくいということもありますが、卓越した美しさのために蒐集家の間では垂涎の的となっているものばかりです。土井さんは ギャラリートークでこう語っていました。昨今では版画の価格が上がり続けているために、収集を継続することはとても難しくなっている。もっと早い時期から収集を始めていれば良かった!
この版画展に足を運んだ人たちはみんな、魅力のある作品が展示されていると思われたことでしょう。実際、美しい作品がたくさん展示されていたのですから、これで悪いことはないのですが、版画に関してより深い経験を積んだ私達のような立場の者から見ると、土井さんがいかに優れた収集をしているかが分かるのです。私が何度目かに行った時です、上田真吾さんと一緒にある作品に接近して細部を見ていると、摺の技術の高さにふたりとも圧倒されてしまいました。(ご記憶の方もいらっしゃるでしょうが、上田さんは若い摺師で、私の木版館の作品もいくつか彼にお願いしています。)私達はこんな言い訳をするかもしれません。「昔の和紙はなんて上質なんだろう!材料はどれも羨ましいくらい上等だ!」でも、ここにある昔の素晴らしい版画と現代の私達が作る版画の違いは、ほとんどが作る側の技術からくる、とういうのが本当のところです。土井さんはこのことをよく知っておられるので、版画を購入する時には最も優れた摺の作品だけを選んでいます。ですから、展示されている作品はどの1点を取っても恐ろしく優れた資料でもあるのです!
上田さんと私は、-- 絶望的に思えることも時としてありますが -- これ程レベルの高い作品をぜひ作ってみたいと熱望しています。そして、土井さんのように目の肥えた収集家が存在するという事実は、私達が目標に向かって精進する上で大きな励みになるのです。
土井さん、素晴らしい版画展を開催してくださってほんとうにありがとうございました。御陰様で、私は実に多くのことを学びました!
コメントする