デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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旅の楽しみー上海編

初めてデービッドと一緒に国外に出たのはいつだったろうか。それは確か10年以上も前の事、娘さん達に会う為にバンクーバーへ行ったときだったと思う。「旅慣れた人」と言えば聞こえがいいが、国際線に乗るのにサンダル(靴ではない)履きでやってきたのには驚いた。

搭乗券もパスポートも胸のシャツポケットに突っ込んで、チェックインも手荷物検査もす〜いすい、 まるでちょいとバスにでも乗るような雰囲気である。出だしがこんなであるから、何事に付け緊張体質の私にとって、彼と一緒の旅はいつもタノシイ。

今回の目的地は上海、年の暮れも間近なのに掛軸を表装してくれる場所を見つけようと、まるで雲をつかむような旅に出た。中国語は皆目わからず、漠然と蘇州近辺で見つかるはず、ただそれだけの理由しかない。用件はすべてメモ用紙に文を書いてそれを差し出す、あとはジェスチャーのみ。気の重い私と、ワクワクして目を爛々と輝かすデービッド、顔を見合わせて「レッツラゴー」!

今回は、初っぱなから私は震え上がった。夜の7時過ぎにホテルに着き、近くを散歩しようと言うのだ。ま、ここまではいい。が、ホテル脇の通りを歩き始めると、物乞いがせっついてくる。どこかで拾った紙コップを差し出し「マニーマニー」とねだるのみならず、デービッドの袖を引っ張りながら付いて来る。気味の悪い老婆がふたり、そのあとは老爺と続いた。狭い道路に車が駐車しているし、がらの悪そうな兄ちゃんたちが道にたむろしている。デービッドの腕にしがみつき、ホテルに戻りたいと懇願するが、好奇心の塊は聞く耳を持たない。一人で帰ることもできず、結局ホテルのあるブロックを震えながら一周することになった。

と書いて来ると、いかにもデービッドが無謀なヤツで可愛そうなのは私みたいだが、あいにくこれは、未知の土地に降り立ったふたりが、まるで違うものを見ていたからだった。というよりも、私に見えなかったものがデービッドに見えていたという方が正しいだろう。文化が違えば人々の振る舞いも異なる。大声を出しているからといって別にけんかをしているわけではないし、遠慮なくじろじろ見るのも別に悪気があってのことではないらしい。滞在中に出くわしたたくさんの物乞いは、職業と言ってもいいようなもので、人に危害を加えることはない。もちろん質の悪い客引きもいるが、それはどこの国でも同じ事。状況が分ってくるにつれ、私はすっかり場慣れしていき、24時間後にはなんと、同じ通りに勇んで出かけ、手頃な価格で美味しい鍋物を食べさせる店を見付けて堂々と入っていったのである。

こうしてたちまちのうちに6日間が過ぎた。最終日の朝、上海空港で帰国便の搭乗待ちをしながら、自分たちの旅を振り返ってみれば、運良く表装してくれる人たちが見つかり、観光だってできたじゃないか。もしも又行こうと誘われたら、きっとふたつ返事でオーケーすることだろうと私が考えていた、ちょうどそのとき、急にデービッドが静かになった。そして暫くすると、ぽつんとこう言ったのだ。「実を言うと最初の夜ね、散歩からホテルに戻ったら、君さ、真っ先に旅行会社に電話するかと思ったんだ。翌朝一番の日本行き飛行機を予約しちゃうのかってね。」

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