デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

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新企画

私の家族が「古き良き昔」を話題にすると、母が飽きる事なく話し始めるお決まりのエピソードがいくつかあります。それは、彼女の子供達についてです。よちよち歩きの弟が高い梯子に登ってしまったっこと、妹がどんな風に赤ちゃん用の服を猫に着せて乳母車に乗せて歩き回っていたか。私の順番になると、4歳の時にロンドンの準備学校に行っていたことを、とても懐かしそうに話します。地下鉄でふた駅のところにあったのですが、毎朝ひとりで行ったとか。彼女によれば、「自分でしたいんだよ」と言い張ったそうです。

「自分で」したがるのは、なにも私に限ったことではありません。たとえば、こんな定番のジョークがあります。男なら絶対に道を尋ねない、なぜなら「自分で」探し当てたいから。それにしても、私の場合は、かなり強力な「菌」に冒されていると思います。版画を制作し初めのころ、もっと素直に助言を求めていれば、はるかに良い結果が得られていただろうと思えることが何度もありました。後悔する回数もぐんと少なかったはずです。それでも私は、「自分で」やってみたいのです。

さあ、ここまで前置きがあれば、私の企てが想像できることでしょう。ほぼ20年間というもの、私は他の人達がデザインした絵をたくさん復刻してきました。版画は全て自分で出版し、制作工程においては、どの版木にある線も全て自分で彫り、どの色も全て自分で和紙に摺ってきました。でも絵だけは、すでにある作品の中から選んできたのです。そう、次回のシリーズは、「自分で」なし遂げるつもり、デービッドオリジナルの作品集となります。

私の案をお伝えしましょう。もちろん版画集ですが、今までとは大きな違いがあって、集める方達には2倍の楽しみとなる特典があります。それは、毎回版画と一緒に1話の随筆があり、それが各章となって、最終的には一冊の本となります。版画は随筆の場面を反映し、随筆は版画に深みと背景を加えるという、対の魅力があります。

題:「自然の中に心を遊ばせて」

私は、子供のころからハイキングやキャンピングといったアウトドアーライフを楽しんできました。最近は自宅のある青梅周辺を開拓し、比較的手軽に出かけられる場所を3カ所見つけました。静かな川辺、森の中、そしてちょっと離れていますが、開発を逃れた海辺の一角です。キャンピング用具一式にノートとスケッチブックを携えて、自然の中で静かに時を過ごすデービッド。私とその時を分かち合えるのが、この版画と冊子のシリーズです。

版画は、それぞれの季節と場所でスケッチした絵を元に、全12作品になります。ですから、1年間の企画には持って来いのようですが、ひと月に1作品を制作するのは時間的にも労力的にも無理なので、2ヶ月に1作ずつとなります。2007年の初夏に始まり、2009年の春に完成の予定です。

さて、どんな版画集になることでしょう?季節毎、様々な天候の下での日本の自然の美しさをご想像下さい。ところで話の内容は?私が書いたものを読んだことのある方は、予想なさるかもしれませんね。話の流れがどのような方向に行くのかは、まるで当てにできません。川辺に座って頭上に鳥を見つけたら、その鳥と一緒に話も自由に大空を飛び回ってしまうことでしょう。とはいっても、全体としてのテーマは自然の風景です。3500万人の人が住む首都圏にも、静かな自然が残されています。その自然を、3500万人みんなが楽しめるはずなのです。銀色の海のかなたに満月がぽっかり浮き上がるのを、鷹が急降下して魚を取る瞬間を、冬の早朝に雪の毛布をかぶった魅惑的な森の景色をテントの中から覗くことを...

企画の詳細

版画と冊子は、回ごとに和綴じ本の形でお送りします。随筆は、毎回ひとつのまとまりを持った内容になっていますが、共通のテーマで12話が繋がるようになっています。(すべて日本語と英語のバイリンガル)。各版画(随筆込み):8,000円(2ヶ月おきに配布、2年間で12枚/册) 本を収める箱は、全12冊の容積がはっきりした時点であつらえ、御希望を承ります。

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もう何年も、こんな作品集を作ってみたらどうか、作って欲しい、という要望をたくさんの収集家の方たちから受けてきましたが、いつも受け付けませんでした。長年慣れ親しんできた彫刻刀やバレンといった道具の陰に隠れて、そんな思いつきはきっぱりと拒んできたのです。これから書くことは、ちょっと矛盾することになるかもしれません。大きな掛軸を制作するのに四苦八苦しているのに、最近の自分の仕事にかなり自己満足している嫌いがある。毎日地下の仕事場へ向うときには、自分がどんな仕事をするのか、そしてそれをどうすれば良いのか承知している。飽きて来たなどということは微塵もなく、飽きると言うには難しすぎるほどの仕事をしている。でも、ある種の「慣れた繰り返し」があるのは事実なのです。

ちょうど20年前、私はカナダの楽器店で働いていました。手際よく仕事をこなし満足もしていたのですが、決まった繰り返しがほとんどだったのです。それで、みなさんがご存知のように、会社へ辞表を提出し、家族を連れて他国へ移り住み、一から出直しました。今回はそれほど、ドラマチックな転回にはなりません。長年続けてきたように版画を作り続け、この手で彫って摺った版画だけを、待っておられる収集家のもとにお送りする事でしょう。唯一違ってくるのは、毎回の作品に取り掛かるとき、何も書いてない空白の紙に直面するという点です。

先週、このの企画について娘達に話してみました。すると面白いことに、ふたりの返事はこんな風だったのです。
「見るのが楽しみだわ!」
「どうなっちゃうのかしら、パパったら...」

私がうまくやり遂げられるかどうかについて、私の「ファンクラブ」の意見は、真っ二つに割れたようです。これをお読みのみなさんが、「見るのが楽しみ」の方を採用して、この企画に参加してくださるように願っております。私の次なる冒険への協力に感謝!

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