デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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デービッドの選抜き

今年の展示会で「デービッドの選抜き」に展示した中から、続けてふたつを選びました。

  • 種類:着物の柄の目録
  • 制作作:明治31年
  • 入手:インターネットオークション
  • 価格:15,000円

これも、私が感動のあまり言葉を失ってしまった作品です。着物の柄の目録で、おそらく、お客さんが柄を選べるように、製造業者から着物の販売店へ送られた冊子だと思います。当時の機械印刷は、まだ未発達な状態だったので、正確な色を示す必要のあるこのような見本は、作れなかったのです。でも木版画ならば、極めて精巧で緻密な表現ができるので、着物の柄に関する微妙な点までも表現ができました。

それにしても、このような本を作るためには、かなりの労力を要したことでしょう。何枚もの色版を彫らなくてはならない頁が多いし、この目録は広範囲に配られたでしょうから、どの頁もたくさん摺らなくてはならなかったはずです。ですから、私のような個人の工房では(たとえ彫師と摺師のふたりがいても)、このような冊子を生産することはできません。何組もの人達が共同で作業したのです。

こういった作業方法に関しては、ちょっと複雑な思いがあります。美しい作品をたくさん作ることのできる、このような集団のひとりとして働くことは、きっと楽しいことでしょう。素晴らしい冊子や版画が、こういった仕事場から次々と生まれてくるのですから。でも、その一方で、私ひとりの工房から作品を送り出す喜びも打ち消し難いのです。どの線も一つ残らず私の手で彫っている、どの色もすべて私の手で一枚一枚摺っている...

確実に、生産量は低くなりますが!

***
  • 種類:十竹斎書画譜より
  • 絵:古い中国の版画、復刻版
  • 出版:1879年、大阪の版元
  • 入手:神田神保町にある古本屋の、がらくたの中から
  • 価格:20,000円(全巻のほぼ80パーセントの枚数がばらばらになっていた)

これは、「十竹斎書画譜」として知られている、16巻からなる木版画集の中にある一枚です。17世紀に中国で作られたもので、多色摺版画としては、世界で最も初期に作られた中のひとつです。

ある日、娘の富実と一緒に東京の神保町を見てまわっていると、一件の店の棚に、古い和紙がごちゃごちゃに入っている箱を見つけました。中を見ようと近くに引き寄せて、何枚かをひっくり返してみると、心臓が止まるかと思うようなときめきの瞬間があったのです。ほこりに隠れた宝探しです。

目にしている物が何かは、すぐに解りました。有名な「十竹斎書画譜」で、美術書に載っている写真でしか見た事がなく、実物を見るのは初めてでした。手にしている紙切れが、昔の中国で作られた版画ではなく、19世紀半ばに日本で作られた復刻版だということは、ほぼ間違い無いと判断できたので、百万ドルの発見とはいきませんでしたが、それでも、ゾクッとするほど珍しい代物だったのです。富実には、私の感動が理解できなかったので、箱ごと全部を買おうとすると、あまりいい顔をしませんでした。

でも、家に戻って、美術書にある資料を見せながら、「竹についての巻、石についての巻、...」というように、16巻がどのように構成されているかを説明すると、彼女は謎解きの方に興味を示しました。そして、猫を部屋から閉め出すと、部屋中に版画を広げて、頁の順序を復元し始めたのです。たいしたもので、どのページが重なるか、虫食いの穴まで観察しながら、何時間もかかって遂に順序を復元して見せました。

その結果、全体の約80パーセントがある、ということが判りました。箱の中に入っている紙の量から予想したよりは、ちょっと多めでした。きっといつの日か、きれいで完全な状態の版を手に入れることができるでしょうが、それまでは、これで十分!

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