恒例の展示会では、ここ2年程このコーナーを設けて、自分のコレクションから選んだ版画を紹介しています。訪れる人達はとても楽しんで下さっています。
このコーナーに置く作品を選ぶのは、私の楽しみです。普通の版画展などでは目にすることがなく、「え〜っ、これほんとうに版画なの?」などといった反応を引き出すような、そんな物を選ぶのが特に好きです。東京で開催する私の展示会には、遠くて来ることのできない多くの読者のために、この百人一緒でもいくつかを紹介することにしました。
今回は、今年の展示会で「デービッドの選抜き」に展示した中からふたつを選びました。
- 題:入谷の朝顔、「美人名所合」から
- 絵師:尾形月耕
- 制作年度:明治34年(1901年)
- 出版:松木平吉
- 入手:神田神保町の版画店
- 価格:30,000円
- その他:この版画は、アルバム用紙にのり付けされていましたが、ボール紙の台紙から救い出すことができました。
とても豪華な作品です。絵師は、明治最高とみなされる中のひとりで、当時最も大手と言われた版元から発売されています。
私は、月耕がとても好きです。彼の人生や仕事について、知れば知る程好きになります。彼はほとんど独学の人、これは私と共通している点です。また、どこかの流派に属することなく、絵師として無からのし上がった人です。私が日本に来てまもない頃、この社会で自分を売り込もうとすると損をすると言われたものです。でも本によると、月耕は絵師として自分にできる事を宣伝するために、自分でチラシを作ってたくさんの版元にくばったとか。彼と私なら、きっと意気投合したことでしょう!
西洋で日本の画家達が認められるようになった初期の頃、彼はその中のひとりでもありました。外国語の本に挿し絵をたくさん画いていましたし、国外での展覧会にも参加していたからです。
美人画は彼の主だった仕事のひとつで、どの絵をとっても素晴らしい宝物のようです。江戸時代、三枚続きの美人画はよくある形式でしたが、たいていは吉原の女性を列ねただけの絵でした。この絵で月耕は、写実的な景色の中央に女性をまとめて配置しています。右端にいる女性の着物にあるぼかし、その繊細さを見てください!なんて贅沢に作られているのでしょう!
- 題:事務所用の専用紙を印刷するための版木
- 制作年度:不明(明治?)
- 入手:インターネットオークション
- 価格:1,000円(この他、空欄のみの用紙用と碁盤の升目用の計3点)
かつて版画は、美術品を作るという目的以外に使われるのがほとんどでした。西洋から印刷機械が導入されるようになるまで、大量の部数が必要な場合は、版木に彫ってバレンで手摺りをしたのです。
ここにある紙は、その典型的な例で、何かの記録をするために作られた書式でした。このような用紙を必要とした会社は、今日と同じように、地元の印刷業者に頼みました。最近の印刷屋さんは、コンピューターを使ってレイアウトをし、そのファイルを印刷機械に送るだけですが、当時は注文毎に違う版木に彫って、それから摺師の所に持って行く、という事をしなければなりませんでした。
必要な枚数が摺られた後、その版木は、同じ客が次の注文をしてくるまで店のどこかに保存しておいたのでしょう。街場の印刷所では、そんな版木が山のようにたまって大変だったはず、場所が密集した下町ならば尚更だったでしょう。
ちょっと面白い事があります。版木の裏を見ると、丸太状の桜の木から板を切り取る時にできた、大きなのこぎりの後がはっきり残っています。もちろん人の手で引いた跡です。
こうして何でも手作業で行った時代の人達は、すべてを機械にしてもらう私達をどんな風に思うでしょうか?
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