デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

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ラッキー!

前回のニューズレターで、デービッドは自分の収支一切を公開した。この原稿を見せられた時、私は、どうしてこんな事を書くのか不思議でならなかった。なぜそこまで公開するのか。理由を聞くと、彼が自ら選んだ生き方で成功している証拠を示す数値であるからという。その数値が成功を意味するのか、低空飛行を意味するのか、そこはデービッドの基準に従うことにして、私はせっせと原文を我が国の言葉に移し替えた。

予定通り夏号の発送を終えて数日したある夜のことである、電話の向こうでこんな事を言う。「あのねえ、夏号を読んだ**さんも**さんも、僕の生活を心配しているんだって。どうしてなんだろう、僕は安心してくれると思ったのに...」電話中に失礼かとは思いつつ、正反対な物の見方の面白さに、正直私は笑いが押さえ切れなかった。それで、繰り返しお伝えしたい、デービッドは皆さんに安心して頂きたかったのである。

デービッドと知り合って間もない頃の事である、ふとこんな事を日本語でもらした「僕の収入、イッセンマンエン」。誤解されては困るのではっきり書くが、私は何も聞いてやしない、どんな会話の流れでこんな文章が飛び出たのかは記憶にないが、とにかく唐突に発せられたこの言葉に面喰らった記憶がある。おそらく税金の計算でもした直後だったのだろう。はっきり覚えているのは、この人は「ドけち」か「間抜け」のどちらかに違いないと確信し、分析を始めたということである。

目の前にある彼のママチャリは右と左に異なるペダルが付き、原形を止めないほどバラバラのパーツで出来ている。本人はニコニコして言う「拾ってきた自転車を拾い物の部品で修理したんだよ」じゃあ、ケチか?いいや、違う。だってプールから泳いで上がって来ると、先に上がったデービッドは、いつもジュースを買って待っていてくれるのだもの。

じゃあ間抜けか?ちょっと意地悪な私は、必要経費を引く事を知っているのかと聞いたのだが、収支決算の方法は私よりも詳しく、やぶ蛇であった。考えてみれば、なかなか頭の回転の良いヤツだということは明らかである。

さて、ふたつの選択肢のどちらでもなければ、何がこんなことを彼に言わせたのだろうか?この答えがはっきりと形になってくるためには、それから数年の付き合いが必要であった。サラリーマンを辞めて一家を引き連れて他国に移り住み、その国の文化である伝統木版画で食べていけるまでになった、その自信が背景にあったのである。

私が彼を訪ねる時は前もって連絡しているので、彼が制作する姿を見る事はあまりないのだが、時折その後ろ姿を見ることがある。私の存在に気付かず無心に版木に向かうその後ろ姿が眼に入ると、無意識のうちに背筋をピンと張って居ずまいを正してしまう。猛暑であろうと零下すれすれの室温であろうと、自ら選んだ道を真摯に歩む姿は常に変わらない。

物みなすべてのみならず、生き方までもが金銭を尺度として価値付けランク付けされる社会に慣れ切っている私にとって、彼の生きざまは新鮮かつ魅力である。手伝いをしながら、金銭に換算できない「生きる心」を感じ取れるなんて、私はラッキー!

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