デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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ホタル

今年の春はとても不安定な気候でした。気温の上下動が大きく、全体的には寒かったようです。ホタルは、ちょっとした周囲の環境変化にも影響を受けやすい、繁殖の難しい生き物だと聞いています。温度が不十分なために、数が少ないかもしれません。

でも、それは取り越し苦労でした。温度の変化には敏感でも、それが逆に作用したかのようです。きっと寒い春こそが彼らの望むところなのでしょう。今年はたくさん飛び交っているんですから!

青梅の新居に移って、もう3年以上が過ぎましたから、ホタルの習性については多少わかってきて、どのような時に見に行くかがほぼ決まってきています。夜8時頃になると、外階段を降りていき、裸足でそおっと歩いていきます。川岸に積み上げられた古い石垣の上は、流れに沿った草むらになっているので、その一部をかき分けて陣取りをします。ここまでくれば、私がちょっとくらい音を立てようが姿勢を変えようが、ホタルは一向に感知しないようです。ところが辺りには、私の動きに反応を示す生き物のいる事がわかってきたのです!

何もせずにじいっとしています。静かに座ったまま観察をし、待ち続けます。ホタルは、漂うように優雅な舞いを披露しながら川をさかのぼったり下ったり、近付いては離れていきます。一匹も見えない瞬間があれば、数匹見える時もあり、また次の瞬間には数十匹が視界に入ってくる。10分程すると、目が薄暗がりに慣れてきて、周囲の様子がつかめるようになってきます。川の対岸までは7メートルくらいあるのですが、こちら側に比べると、もっと開けているので、夜行性の動物達が移動をする主要道路になっています。

一番よく見かける動物はタヌキです。彼らは、こっそり動くなどということは更々なく、くだんの主要道路をドスドス疾走していきます。荒っぽく草むらを駆け抜けて来る音は、はるか遠くの方からも聞こえてきます。どうやら、私の家から30メートル程下流にある、川岸の茂みに巣を作っているカップルのようで、陽が沈んでまもなくすると、2匹がこちらに向かってくるのを良く見かけます。彼らはこっそりとは動き回らないと書きましたが、私がうっかり音を立ててしまうと、数秒もしないうちにさっと姿を消してしまいます。

私はここに座っていて、人間の視覚というのは薄暗がりの中で歪みを起こすことがある、という発見をしました。先日のことです、かすかに白い動物がそおっと歩いてきて、その動きはまるで猫のようでした。でもこの辺りで見かける猫にしては大きすぎるのです ... 一体何なのだろう?このちょっとしたミステリーは、それから数分後に解決することになりました。川の反対側に住んでいる人が家から出て来て、ほんの短いあいだ土手の上に立つと、背景となる暗い空に彼の輪郭が写し出されたのです。すごい大男で、ホラー映画に出てくる怪物のようでした。その時にはたと納得しました。歪んだ大きさに見えてしまったのは、微かな光の下で物を見ていたので目が錯角を起こしていたからです。私は、彼がそんなに背の高くない事を知っていましたが、とにかく物凄く大きく見えたのです。ですから、さきほどのかすかに白い動物は、こっそり静かに歩いていた猫だったのに違いありません。こんな事があって以来、夜ここで物を見る時には、自分の目を信用しないようになりました。昔の人達が、森から帰ってきて、そこで見た生き物について大げさな話をする様子がありありと浮かんできます。「ほんとうなんだよ、どでかいヤツだったんだから!」

さきほど、反対側に住んでいる人がほんの短い間だけ立っていた話を書きましたが、これは、この辺りで見かける行動の典型でもあります。たいていの場合、筋書きはこのようになります。——私の家と同じ並びにある1件のドアーが開き、人の足音が聞こえる。数秒すると、家の中に向かって「見えないよ〜」と言う声が聞こえ、ドアーの閉まる音がそれに続く。——こんな事があると、私は「数分くらい待ってごらんよ〜 ... ホタルは出たり消えたりするんだから ... たくさんいるよ〜!」と叫びたくなります。もちろん実際には何も言いませんがね。近所の誰かが、川べりまで降りて来て腰を下ろし「闇の中で何が起こっているのか」をじっと観察する姿など、一度も見かけたことがありません。

ホタルにしてみれば、私達が彼らのダンスを見ていようがいまいが、まるで関係のないことです。たったひとつに心を集中しているのですから。つまり、パートナーになりそうなホタルの注意を引かなくっちゃならないんです!うまく行ってくれるといいなあ... そうすれば、来年たくさん見られるから!

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