デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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土井利一様

摺物アルバムを集めていらっしゃる読者の方達に、ちょっとしたクイズがあります。この下に、木版で作られた千社札が印刷してありますが、同じものを御覧になったことがありませんか?

満点の解答は、次のようになります。数年前の、摺物アルバム第3集にある扇の形をした版画に使われていました。この版画のデザインには、武蔵野市にお住まいの土井利一様が所有する千社札を使わせていただいたのです。土井さんは、明治時代の版画をたくさん集められているので、その貴重な作品の中から宝さがしでもするように、必要な作品を選ばせていただきました。

この件について彼にお願いをすると、それこそとても気持ち良く承諾してくださいました。マニアなら誰でもそうでしょうが、互いの楽しみを分かち合う楽しさがあるからです。この夏のある日、土井さんは版画の入った大きな袋を提げて私のところに遊びにみえました。そして、そうなんです、私達の話にはどんどん花が咲き、帰られたのは終電ぎりぎりでした。

このような版画を、一枚ずつたくさん見て行くと、時としてやっかいな事が起こります。二人とも話したい事が山ほどあるからです。私は制作者の立場から「ドウサがちょっと弱いですねえ。そうかぁ、桜の花が自然に見えるように、輪郭をぼかすためなんですねえ。」一方、土井さんは長年培った蒐集家の肥えた目で、「こちらの方は、ちょうちんに書かれている名前が違うでしょう?戦前に作られた初版の方は、色合いがずうっとまろやかですよね。」などと、版画の出所や背後にある事情について語ります。こうして私達は、お互いの持つ情報を交わしたりして、色付きの紙を前に時の過ぎるのも忘れて、双方の鑑識眼に感動し合いました。

土井さんは、20世紀の「新版画」を研究する国際的なインターネットグループのメンバーです。この会では、版画がどのように作られたかについての謎を詳細に解明し、その結果報告を書いて仲間達に公開します。私は、彼が落款の位置について、6ミリタイプか7ミリタイプかなどということにこだわっていたりすると、破顔一笑します。でも、そんな話の中からとても役立つ情報を教えてもらい、形勢が逆転して自分の方が笑われてしまうことが何度もありました。今回もその例にもれず、今から50年前に、当時の職人が版画を制作する様子を映像に収めた、とても貴重なビデオを頂戴したのです。これは私にとって、非常に参考となる内容でした。彼とその仲間達にとっても、版画史の埋蔵された山のようなもので、どんどん掘り進めて行って欲しいと思います。無駄になる知識など、ないのですから!

土井さんは、古い版画を購入するという、受け身の蒐集だけをしているのではありません。新しい版画を創り出すことにも力を入れています。職人に依頼して、現代の千社札を実際に作ってもらう会のメンバーであり、また個人的に特別注文をすることもあります。こうして、少しでも長く版画職人達が生活していけるための、助けとなっているのです。

ほぼ私と同じ世代の彼は、そろそろ定年について考える時期にきています。(30年来、大手醸造会社<ビール会社>の多角化部門に勤務されていて、その間に海外での生活も長く経験なさっています。)情熱を注げる趣味のある人は誰もそうですが、彼の場合も、定年後の活動課題は有り余る程あります。彼のコレクションについての情報を公開することはもちろんですが、私が興味深く思っているのは、彼が作成している、20世紀の彫師や摺師についての膨大な資料です。私としては、そういった職人について学べば学ぶほど身に付くのですから!

土井さんの定年後は、間違いなく実り多い日々となることでしょう。私がその時を迎えたのは、もう20年も前のことになります。土井さん、人生の最高潮がやってきますね!

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