デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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月のきれいな夜

今年も、無事展示会を終えて自分達への御褒美旅行、行き先は私にとって初めての香港と決定した。デービッドは20年程前に一度行ったことがあるとか。「メッチャ活気のある、とにかく食べ物の美味しい所だから、行く前には胃の中を空にしておくと良いよ」とまで言われれば、食いしん坊の私は期待に胸を膨らませる。食べまくるぞ〜と、元気よく出掛けたのだが... 滞在中の食堂打率は?

私達はとにかく歩き回る。少しは電車も地下鉄も利用するが、歩くのが一向に苦にならないし、その方が地元の様子を確実に把握できるから楽しいのである。だから当然、お腹の虫が鳴き出す頃から食べる場所捜しを始めることになる。お目当ては観光客相手でなく地元の人が気軽に入るような所。

何度かの失敗を重ねたある昼時、思いきって入り口に人が列を作っている大きな大衆食堂を狙った。入り口にデンと構える女性は英語を話さない。手真似でふたりの席を要求し、手真似でそこまで席に案内してもらい、座ったまでは良かった。ところが、メニューは中国語だけ、しかも物凄い選択幅である。さて困った。「ここを出ようか」と半ば腰を浮かした時、相席のカップルがこちらを見て微笑んだ。簡単な英語を話してみるがキョトンとするどころか平気で中国語で返して来る。こっちが分ろうが分るまいがお構い無し。どうしよう、空腹を抱えて歩き回る元気もない。デービッドと私は、なりふり構わず全力投球でサイン言葉を駆使することにした。きっと二人とも、熱気を帯びて赤い顔になっていたことだろう。「私達のために何でも良いから注文してください。お腹がいっぱいになるだけの量を」と手真似のみならず顔の筋肉も縦横に使ってやってみた。

どうやら伝わったらしい。男性の方がうなずいてデービッドの手からメニューを受け取ると、じっくり考え4品ほど注文してくれた。あの時の嬉しかったこと。間もなくポットが運ばれてきた。茶碗に注ぐと白湯、あれれ?すぐに注文をしてくれた男性が飲み方を示してくれる。これは湯呑みを暖める為で、もう一方のポットにお茶が入っていた。飲むと黴のような臭い。「かびくさいよ、平気かな?」「平気だよ、みんな飲んでるもの」暫くして運ばれてきたのはすべて飲茶で、どれもとても美味しかった。プリプリのエビがコロコロ出て来る。ニコニコしながら満足げに食べていると、目の前の二人がこちらを見て微笑み「グ〜ド?」と聞いて来る。「Yes, グッドグッド」なんだかこっちの英語もおかしくなったが、御機嫌である。不思議なことに、食事を始めると、お茶の匂いはさほど気にならなくなった。きっとある種のお茶のくせだったのだろう。大満足で会計に並んだ。すると、支払った額は驚く程安かった。ストライク!

次も大ストライクの巻き。そこは、活気溢れる市場のど真ん中、珍しい食材の山から山に吸い寄せられて歩くうちに、昼時を過ぎてしまった。急きょ焦点を食堂に移行すると、家族経営風の小さな食堂が見付かった。直感を頼りに入ってみる。やはり英語はまるで通じないが、店の主人のさりげない振るまいが居心地良い。しかも品数が少ないので、漢字から予想して指差して注文した。自家製の熱あつ飲茶、大胆な青菜炒め、まあるく山盛りにして出された御飯、... どれもめっぽううまい!炊き方によって、こっちの米だってこんなに美味しくなるのだ。この安食堂での昼食が、旅行中で1番美味しかった。おまけにあっけに取られる程の値段!

実を言うと、ストライクはこの2本だけ。運動靴で入れる限り、白いテーブルクロスの掛かったレストランも試したが、残りはほとんど「アウト」。出されたお茶と漬け物が素晴らしく美味なので、出て来る料理に期待を膨らませると、拍子抜けだったり。でも、これが旅の愉しみってもん、アウトは甘辛い想い出となるのです。

格安ツアーは、帰国が朝の便。帰りの機内で出された朝食のパンにかぶりついたふたりは、顔を見合わせてニコッ!美味しいね。

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