デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

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スラブから...

今から1年半ほど前、木版画について調べている時に、偶然デービッドのホームページを見つけました。このサイトの豊かな内容と質の高さに感銘を受けたことはもちろん、全体の情報をこれほど巧みにまとめ、木版画の技術や材料に関して述べた部分と同じくらいに、書いてある話やエッセイも面白いので、どんな人物かと興味をそそられたのです。 

彼のサイトをひと月程かけて読んだ後、翌年の夏に日本に行く予定があったので、その間に訪問してもよいかどうかをEメールでデービッドに問い合わせることにしました。でもデービッドは、大阪での展示会準備を前に時間的制約があって申し出を受けられない、と丁寧に断ってきたのです。それでも、どうしても希望するのならば、展示会場の彼の持ち場に来ても良いと付け加えてありました。私は書かれていた通り、自分の初めて彫って作った版画を持参して会いに行きました。丁寧な対応をするデービッドは、その作品のつたなさにもかかわらず、私の彫った版木に興味を示し、話が終わる頃には青梅の仕事場に来るように誘ってくれたのです。私は、何回か訪問しました。そして、デービッドが仕事をする様子を観察し、日本の版画文化と版画職人について質問をしたり、デービッドが集めた本や版画を見せてもらいました。日本での滞在が終わりに近付いた頃には、デービッドが友達のように思えるようになり、数カ月後に版画をもっと学ぶ目的で再び日本に行こうと考え始めた時には、彼の仕事場の片隅に彫台を構えてもいいか、と気安く尋ねられるようになっていました。

昨年の訪問では、日本の木版画を目と耳からしか学べなかったのですが、今回はそれとは対象的に、実際に彫って摺りながら学ぶ事ができました。私は自分の道具と彫台、それにニューヨークにいる間にデザインを写しておいた版木も持参しました。作業を始めるとデービッドは、私の間違いを指摘したり、道具や材料の扱い方を示したり、また役に立つ技術や難題を切り抜けるこつなどを説明したりしながら指導をしてくれたのです。彼はまた、日本に長く住んだ経験によって深く理解できるようになった職人文化とその本質に関して、彼の見解を説明してくれました。私自身、興味津々であっても把握できなかった日本文化の様々な面—西洋人には理解しがたい面—があったので、この話はとても楽しく聞かせてもらうことができました。それと同時に、私自身の学習とデービッドとの友情が日本の伝統的子弟関係の妨げを受けていないのはとても有益なことだった、ということに気付きました。そういった仕事場では、重々しいしきたりがあって、長い弟子の期間にゆっくり仕事を覚えていくように仕向けられているはずですから。短期間にできる限り多くのことを吸収しなければならない状況にある私の場合、これではどうにも埒が明きません。

デービッドに教えを請う事ができたのは、かけがえの無い経験でした。滞在中はお世話になり、快く時間を割いて教えてくださったことに深く感謝しております。

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