デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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宇田川武さん

むかしむかし(これほど遥か以前の事のように感じます!)私は、毎日事務所に通うという「普通」の仕事をしていました。下請け業者や顧客と会うことも仕事の一部でしたから、予約の日時を記しておくのは当然必要なことでした。そういった予定は、週に2、3回あるのが普通でしたから、机の上にあるカレンダーにちょこっと書き込むだけだったと思います。なんとも、素人っぽいやり方です!今月、宇田川武さんとおしゃべりをしていた時、- 彼は私の作品の収集家です - 彼の手帳を肩ごしにちらりと見て初めて納得しました。見開き1ページで、ひと月分が一目瞭然に見られるようになっていて、余白がまるでないのです。誇張ではなく、一分たりとも隙間がないかのようでした。

同じような手帳をお持ちで、これを読んでも、肩をすくめるだけの方が多いかもしれません。でも、私にとっては、かなり衝撃的だったのです。こんなにいつも、あちこちと走り回らなくてはいけないとは、一体どんな職業なのでしょうか?実は、この手帳にある予定で「本職」の割合は、ほぼ半分程しかないという結果になるのです。宇田川さんは東京港の港湾計画やコンテナターミナル建設を担当する東京都庁・港湾局港湾整備部に勤務し、東京湾の宣伝活動なども仕事の一部としておられます。このことから、彼が出席しなくてはならない会議や催し物が多く、時間外になることも多いだろうということは分かりますが、一日に16時間にもなるはずがないと思うのですが...?

では、彼の一日毎の予定から「アフターファイブ」の所を覗いてみましょう、「課題」がはっきりするかもしれません .... 琴や琵琶を演奏する5人の女性による「女楽」の演奏会打ち合わせ、カッパ好きの集まりが作った河童連邦共和国「利根川カッパ村」の会合、ハワイアン(ハワイ島に代々伝わる民族音楽としての)を一緒に習っているウクレレ仲間達との発表会リハーサル、月刊紙「下町タイムス」のトップにくる新聞名を彼が江戸文字で書く件について編集者との打ち合わせ、などなど。(お気付きですか?今回は表紙にある「百人一緒」のタイトルがいつもと違う文字になっていることに!)

何が彼の活動のテーマか、推測できますか?私には見えてきました...ただちに思い浮かんだのが「伝統」という言葉です。伝統とは言っても、私の仕事の場合とはかなり違った意味合いですが。私は、昔の版画をただ復刻しているだけなので、過去そのままの中に生きているのですが、宇田川さんや共に活動をしておられる方達の場合は、伝統と現代の生活を結びつけるところに大切な点があるように思われます。世界中で最も活気に満ちた現代都市のひとつにあって、保存する価値のある文化を継承存続させていこうと活動しておられるのです。

一緒に話をしていて、その他の点も見えてきました。彼は、関わる活動の中のどこにあっても、その他大勢の中に留まっていないということです。たいていの場合、とても活動的な一員で、運営に直接関わっているです。彼はきっと、名刺にそういった役割全てを書くことをとうの昔に諦めてしまったのでしょうが、もしも私が彼の名刺を作ってみるとしたら、職業名としては、一語で最も包括的に表現できる「ファシリテーター」という言葉を使うと思います。'facilitate'という動詞には、「手助けをする」「向上させる」などから、「力を付与する」といった内容まで幅広い意味がありますが、これら全てが、宇田川さんの日々長時間行っていることを説明していると思うのです。

彼に比べると私は、自身の計画のために一日中仕事場に閉じこもっていて、身勝手な人間のようですが、社会には両方のタイプが必要だと思うのです。ひとつのことに集中して力を注ぎ、そのことばかりを考えている人間が必要な反面、糸を束ねてもっと大きな「布」に統合していく人間も必要なのです。宇田川さんも私も、それぞれが性格に合った仕事を選びました。私は自分の仕事に満足ですし、彼も又、天職を見つけたのです。彼が外国から港湾局に訪ねてくる公的来賓のために考案した、伝統的図柄を染めた手ぬぐい(写真)を見せてくださった時の目の輝きを見れば、明らかです!

ゆっくりお話のできたお陰で、宇田川さんが私の作品を集めてくださる意味もいっそう理解できるようになりました。それにしても、毎月お送りしている作品を開く時間があるとは思えないのです。すると彼は、「大丈夫ですよ。寝る時間を少しだけ削ればいいのですから!」

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