デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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ハリファックスから羽村へ

トロントの小さなギャラリーで、初めて日本の木版画を見て以来、私はそれについてもっと学びたい、と思うようになりました。もちろん、木版画についての本を探してみましたが、うまくいきませんでした。日本の版画を集めて、その歴史や扱われているテーマについて述べた芸術としての本はたくさん見つかったのですが、版画そのものについての本、とりわけ私が知りたいと思っていた版画の作り方についての本はひとつも見つけられなかったのです。

というわけで、私はナイフと木版を手に入れ、版画を作ってみたでしょうか?いいえ、最初の実験は1年後でした。当時の私には他に気にかかっていたことがあったのです。私達の仕事にどうコンピューターを取り入れていくか、ということです。コンピュータープログラムのことをいろいろ調べたり試したりしているうちに、私は、これは仕事にとても役立つ道具であるばかりではなく、その質を変えていく可能性のあるものだ、と思うようになりました。ところが、社長のビルはというと、私がくだらないことに時間を費やしている、と思っており、未来のおとぎ話のようなことにかかずらっていないで、もっと現在の仕事をどうしていくかについて考えて欲しい、と感じていたのでした。彼の感じ方は実にもっともで、私もそれは承知していました。問題は、今のビジネスを広げていくのに必要とされる能力は、私が持っている能力とは違う、ということでした。私は整理能力には長けていました。店の品はきちんと管理、整頓されていました。しかし、私は、他の大切な仕事ができなかったのです。地域の中に入っていって、お客さんを店に呼び入れる、ということです。

社長はこの点で非常に優れていました。町で、彼は車に飛び乗り、お客さんになってくれそうな人に会いに出かけました。気軽に話しをしたり、飲みに誘ったり、という具合で、ビジネスチャンスを獲得していきました。彼が訪問すると、必ず売上が激増し、様々な活動も活発になるのです。ふたりとも、私の性格には、こういう仕事が向いていないことを感じており、そして実際、もともとこの仕事は、誰かきちんと仕事をこなせる人が見つかるまでの一時的なもの、という約束で始まったのでした。しかし、そのままの状態がずるずると続いてしまっていたので、私は居心地が悪くなり始めました。

そこで、仕事を始めて2年目のある日、私は社長に「辞めたい」と伝えました。私は無責任に辞めたわけではなく、私よりうまく仕事がこなせそうな人を見つけようとしました。そして引継ぎが終わって数週間後、私はわずかな所持品を貸倉庫に入れ、自 転車に乗って町を出ました。

私は28歳でした。フルート奏者になるのに失敗し、仕事に失敗し、いろいろなことに手を出してはのらくら過ごしているばかりでした。しかし、私はこれを重荷には感じていませんでした。しばられるものは何もなく、借金もなく、自信に満ち、基本的に前向きの人生観を持っていました。これからどうやって暮らしていけばいいかについては何の見通しもありませんでしたが、何か思いつけるだろうと思っていました。それにともかく、短期的には、やりたいことがあったのです。夏の初めのことでした。私は自転車に乗ってトロントを発ち、心に決めた目的地へと向かいました。オンタリオ州南部の小さな町の近くにあるスカイダイビングクラブです。自転車の荷台には、キャンプ用具一式を積み、クラブのオーナーと話をして、夏の間、グラウンドの隅にテントを張らせてもらえるようにしました。そしてそれに続く3ヶ月、私はスカイダビングのやり方を学ぶ生活にひたりました。

最初の数回のジャンプは、想像がつくとおり、とてもこわいものでした。しかしそんな恐怖心はすぐに克服し、私はジャンプを楽しむようになりました。このニュースレターの読者の方々は、スカイダイビングはとても危険なものだ、という印象をもっておられるかもしれませんが、全然そんなことはありません。私のジャンプのほとんど(1日5,6回まで)は、高度が約3,000メートルからのもので、その高さから飛び降りた場合、パラシュートを開かなければならなくなるまでには、約50秒の落下時間があります。私はあの夏の経験を決して忘れません。青く広がる空の中へ、すばらしいジャンプ。地上のものは何が何か見分けがつかないくらい、地面ははるかに遠く、他の7人と輪を作りながら落ちていく。計画通りに事がすすまなくて、予備のパラシュートを使わなければならなくなったことが2度ありましたが、それさえも.... 忘れられない思い出です...

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