デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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旅行記

前回の「百人一緒」でちょっと触れましたように、今年は夏の初めの3週間をカナダで過しました。今回は「3つ1組の得用パック」のような滞在で、最初にバンクーバー・アイランド南部の観光を少し、つづいて両親の結婚50周年記念の家族大集合に3日間、残りの8日間は、仕事の一部始終を公開するという形をとりながらワークショップで教えました。性質の違う3つの行事を盛り沢山に詰め込んだ旅行が良いのかどうか。これは疑問の残るところですが、各々のために3回も旅行をする時間の余裕など到底ありえず、仕方なくこういう次第になったわけでして...

最初の休暇の部分は「庭巡り」に集中しました。観光日程の最初の6日間を貞子さんと一緒に過すことになったので、私達はカナダでも有名ないくつかの庭園を訪ねることにしました。東京の私の仕事場にいらしたことのある方は、我が家のベランダを御覧になって、私がガーデニングを楽しむなどとは思いもよらないでしょう。でも、彼女と一緒にいくつかの庭園を訪ねるのは結構楽しく、日本の似たような場所とはひと味違った趣きが面白いと思いました。(このことについては、最後のページに彼女自身が短いレポートを書いています)

週末になると、飛行機、車、フェリーと乗り継いで、ブル家の面々が地球のあちこちからやって来ました。集まって何をするかって?これといって特別なことをするわけでなく、お茶を飲み顔を見合わせながら、思い出話やらなんやら、取り留めのないおしゃべりです。どこの家庭でも同じですよね。子供三人(妹と弟と私)、そして孫にあたる私の娘達、皆が健康で、仕事その他の面でも充実して幸せに暮らしていますので、おじいちゃんもおばあちゃんもとても嬉しそうでした。

記念パーテーは月並みなものでしたが、高齢の両親のためにちょっとした贈り物を用意しました。兄弟でお金を出し合って、二人を一週間のアラスカへの豪華な船旅に送り出したのです。(彼等が帰ってきた時には、真っ黒に日焼けして、見てきた鯨や氷河の話などでもちきりでした)全体として、数日間の家族の集いは結構楽しかったものですから、次回の予定まで決まってしまい.... 次は、60周年記念です。

両親、妹、弟と、各々が出発してしまった後、数日は娘達と水入らずで過せましたが、その後には再び、飛行機、車、フェリーと乗り継いだ一団が雪崩れ込み、版画作りのワークショップが始まりました。(この一連の行事は全て同じ場所、すなわち最寄りの町から8キロほど離れたベッド&ブレックファースト、いわば日本のペンションのような所で行われましたから、家族や生徒達の一団が出たり入ったりする3週間のあいだ、私は一つの場所にいればよかったのです)。

ワークショップの生徒達は、ほとんどがアメリカ人で、初めて版画を作るという初心者から、すでに別の方法で版画を作った経験があるけれど木版画について学びたい人、また、以前にもこのワークショップに参加したことがあり、もっと経験を積みたいという人までいろいろでした。生徒達は、大きな教室で銘々が自分の作業台を割り当てられましたから、私は皆がいつでも自分の仕事を見ることができるように、同じ教室の隅で床の上に陣取って作品の製作をしました。 

このワークショップでは、授業形式の学習がまるでなく、誰もが自分のペースで自分の計画にそって作業を続けました。ですから、早起きの人は朝食前にすでに数時間の作業を済ませていましたし、夜型の人は皆が寝てからもずうっと続けていました。中には私のように「両方型」の人もいました!でも毎晩の夕食は一緒で、全員が数台の車に分乗して町に繰り出し、乾杯をして夕食を楽しみました。こうして一日中、誰かが行き詰まると答えられる人なら誰でもその疑問に答えるとうい風に、どこにいても部屋中に質疑応答が飛び交いました。

私も一緒になって、皆の作業の経過を見守りながら助言できることはしてあげるようにしました。この参加者達にとって、私の道具をじかに見られたということはとても重要なことでした。たとえばバレンですが、生徒達の物は、自分で作ったのや、あちこちで見つけたのやと、ごちゃごちゃだったのです。ですから、私の本物のバレンを試すと目を見開いて「わ〜、全然違う!」と口々に叫んだのです。日本製の本バレンは高価ですから、全員が購入できるというわけにはいきませんが、本職の道具がどんなものかという感触を得るだけでも、今後道具を作る時の良い参考になるのです。

今回私がワークショップに持ち込んだ中で遥かに意義深かった事は、私の助言よりもなによりも「仕事の仕方」でした。その週いっぱい、私は「摺物」の最新作を220枚連続で摺りましたが、この作業を目のあたりに見ることは生徒達にとって文字通り目を開かれる思いだったのです。彼等はいつも3、4枚から、多くても数十枚という程度しか摺りません。ですから、220枚もの数を、一色摺っては重ねた紙の山をひっくり返して次の色を摺っていき、これを次々と繰り返していくという作業を見せることは、私が彼等の為にできる最高の教育になったと思います。

最後の日になって、私は摺り終えた作品をパラパラとめくって見せました。すると、まるで印刷機から出てきたみたいに、均一に出来上がっていましたから、これを見て生徒達は、木版画の持つ可能性についてグンと理解を深めたのです。今後、彼等の中から摺師になろうとする人が出るとは思いませんし、数百枚ずつ摺ろうとする人が出てくることもないでしょう。でも、彼等の作品にもっと安定性がみられるようになり、製作上での悩みも幾らかは減ってくると思うのです。

おしなべてみて、この一週間は実に楽しい日々でした。いつの日か、こういった設備がなんとかなるのならば、ぜひ自分の手でワークショップを開きたいものだと考えております。もっとも、現在のこのアパート住まいでは及ぶべくもないことですが.... でも、先のことは 誰にも分かりませんから...

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