デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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友情の洪水

百人一首シリーズに取り組んでいた頃には、このニュースレターに勝川春章の本や絵についてかなりの記事を書きました。今ではもうこのシリーズが終わり、私の仕事は新たな目標に向かって進んでいますが、もう一つだけお話しておきたいことがあるのです...。

それは去年のことでした。あるアメリカ人からとても面白い電子メールを受け取ったのです。事の次第は、わたしの言葉で語り直すのでなく、ふたりの文面をそのまま読んで頂くことにしましょう...

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親愛なるデービッド
15年程前の事ですが、家内と私はトロントのオークションで春章の百人一首の本を入手しました。それは、ヴェイヴァー氏の所蔵品だったもので、私達はその本を自分達の木版画蒐集の大切な一部として加えておりました。
それが1986年の10月、私達が町を離れていた時に自宅周辺が洪水に見舞われてしまったのです。この春章の本も、破損したり完全にダメになってしまった物のなかに入っていました。傷みがひどくて修復の専門家でさえも匙をなげてしまうほどでしたが、私達としては処分するに忍びなかったのです。わずかながら保険金も下りましたが、それでもこの喪失感(と罪の意識)を和らげる事にはなりませんでした。
そして今日の午後、私達が損傷の少なかったものを「eBay*」に載せようと、いつものように必要な情報を得る為の準備としてインターネットで調べている時に貴兄のホームページに出会い、今こうして電子メールを書いているのです。
もしもこの版画が、貴兄にとってなんらかの役にたつのならば、おそらく資料などとして、この版画はそちらにあるべきものと思うのです。痛ましい状態にあるにしても、それが大切にされ役立つものとなるのならば、私達としては心慰められるものとなりましょう。  敬具
ジョン・ウエスト

[*注 インターネット上で行われるオークションの名前]

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ウエスト様
 とても興味深くお話を読ませて頂きました...本が損傷を受けたという事はもちろん痛ましい事なのですが。 私は、ちょうど5年前に同じ本をオランダの古本屋で見つけ、もちろん即座に飛びつきました。
(中略)
 送ってくださった画像は小さくて損傷の度合いがよく分かりませんが、かなりきちんと摺られている版と思われます。
(中略)
デービッドより

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デービッドへ
 お返事ありがとう。どれか特にお好きな絵がありますか。もしあるのならばさしあげますが。(中略)
ジョンより

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ジョンへ
ワァーオ!協力していただけると、とても助かることがあります。実は、私が何年も前にこの本を購入した時、これは完全な物のはずだったのです。でもオランダの仲買人から届いてみると、その中の2ページが切り取られていて、98ページしかないということがわかりました。
この2枚の絵が、洪水の被害を免れた可能性はあるのでしょうか。換りとして私の作品をお送りできればうれしいのですが...
デービッドより

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デービッドへ
喜んで!こういった事こそが蒐集の醍醐味ですよ。明日事務所に行く用事がありますから、不足している絵を教えてもらえれば探してみますが。ひょっとしたら私の方にもないかもしれませんが、調べてみないことにはわかりませんから。
 ジョンより

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(間もなくジョンから、その2枚があったという電子メールが届きました。その2枚は難をのがれていたのです!)

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デービッドへ
 版画を送りました。不足分の埋め合わせに協力できて私も満足です。たいした労もなく事が順調に運びましたね。
ジョンより

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ジョンへ
小包みが無事届きました。時間のある時に、手許にある本をいったんほどき、この2枚の絵が本来あるべき所に戻してから綴じ直すつもりです。 こんな願っても無いことがあるなんて今だに信じられない思いです。
デービッドより

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このようにして、おそらく抜かれてしまったのはずっと昔のことでしょうが、その2枚の絵のお陰で春章の本はついに「正常」な状態に復帰したのです。この親切で礼儀正しい男性は、電子メールでこんなやりとりをしている間、金銭的な事や支払いの事は一切ほのめかしませんでした。そして、お礼の気持ちとして私がした事は、最近製作した数枚の版画をお送りしたという程度です。

良い話だと思いませんか!インターネットというものがなくても、ありえた事かも知れませんが、でも、どんなものでしょうか.....

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