デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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不思議な書庫...

版画作りを始めたいと思った場合、日本に住んでいれば事は簡単です。入門者用の情報がいくらでもありますから。指導者が必要ならば地域のカルチャーセンターに参加すればいいでしょうし、また、自分で学びたければ図書館に行って入門書を探せばいいでしょう。あるいはもっと簡単にNHKテレビの版画入門の教育番組にチャンネルを合せてもいいのです。

ところが、外国にいる人にとっては、ちょっと事情が難しくなります。もちろん版画に関する本はたくさんありますが、木版画に関して詳しく書かれた本はほとんどないのです。たいていはエッチングやリトグラフなどの現代版画に関する本だからです。実際のところ、過去には、面白くて実用的な版画製作に関する本はけっこうありました。でも、そういった本はベストセラーなんかになりませんから、今となっては探す事が非常に困難なのです。

たとえばこんな例があります。1890年初期に、日本政府はアメリカの国立博物館に版画製作に必要な道具一式を寄贈しました。それには、彫りや摺りの道具、顔料、版木、和紙など、版画を作るのに必要なものは全て含まれていました。こういった材料の他にも、様々な観点からの図解入り説明も入っていて、その内容は後に米国国立博物館から細部を説明した解説書として出版されてもいます。でもこの解説書は、今日ではとても高価なもので、入手することが恐ろしく困難となっているのです。そういった事情があるために、このように興味深い情報が「閉じ込められて」しまい、版画家たちには手の届かない存在となっているのです。

でもそれは、今までの事です。なぜなら、この本は文章も図解も全てインターネット上にある私のホームページに載せてあり、内容に興味のある人ならば誰でも読む事ができるからです。  私は2年程前から、版画製作に関する古典本を探し始めていて、手に入った本を自分のホームページに載せていますが、今ではそれがかなりの数になっています。そして、ネット上での充実した「版画関係の本を納めた書庫」ができあがり、今では入門書も含めて計12册以上となりました。ですから、誰でもが、自分のコンピューターの前に座っているだけで、私のホームページを開いて、こういった本を読んだり図解を見たりできるのです。あたかも手に取って見ているようにです。

ところで、これは法律上では合法なのでしょうか。著作権はどうなるのでしょうか。もちろん私には他の人の仕事を盗むつもりなどありません。幸い、著作権には期限というのがあって、私のネット上の書庫にある本はどれも著作権が消滅した本です。それで、法律的にも道義上からも、この情報を複写して公開して何ら問題が無いのです。

この私の「書庫」には他にも注目に値する本があります。それは1916年にロンドンのモーリ・フレッチヤーという人が書いた版画製作に関する、完璧な図解入り指南書です。他にも、吉田博という人が英語で書いた、とても内容の濃い「Japanese Wood-block Printing (日本の木版画)」という有名な本があります。(吉田氏の御家族の許可を得ています)私は、この本を自分のホームページに載せる事ができたことに、なかなか感慨深い喜びを感じています。なぜなら、この本は優れているにも関わらず残念なことにあまり出回らなかったからです。1939年という、日米間の関係が悪化している時代に出版されたために...。

ところで、私の書庫にある本は、実際に借りて読まれているのでしょうか。インターネットのホームページの面白いところは、各々のページを訪れた人の数が記録されることです。私が、こういった本をネット上に載せてまもなく、版画に興味のある人たちによって、延べ1100册が完全にダウンロードされました。その人達は今、自分のコンピューターの中に本を保存しているので、いつでも時間のある時に読んだり、勉強したりできるわけです。私のホームページを見た人たちからの電子メールもたくさん届いていて、その中には、とても感謝しているとか、お陰でどれほど技術が向上したかということが書いてあります。

 

私がここ日本で眠っている間にも、地球の反対側では、版画家になる可能性を含んだ若者が、マウスをクリックして私の「書庫」にある本を見ようとしているかもしれません。版画製作の素晴らしい世界に入っていくにつれて、彼の目は段々大きく見開いていきます。やがて材料や道具を集め始め、自分で彫り始めるでしょう。彼がどんな作品を作るのか、私には分かりません。でも、そんなことはどうでもいいのです。私としては、これから学ぼうとする熱心な人に、知識と経験が伝えられれば、それでいいのです。なぜなら、どんな分野にしろ、これは経験を積んだ人がしなくてはならない大切な責務だと思うからです。こうして、自分の版画蔵書を通じて貢献できるということは、なによりうれしいことです。私自身、版画に興味を持ち始めた初期の頃に、たまたま出会った本から強い影響を受けていますが、そんな自分が特別だとは思っていません。この私の蔵書が、版画製作の分野にどの程度の影響を与えるかは、測れるものではありませんが、それにしても、かなり広範囲に渡るとは思うのです。

私の書庫にある本は、今もこうして私の仕事場の本棚に並んでいます。それなのに、その内容は世界中のどこからでも見る事ができるのです。なんて不思議な事でしょう!

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