パーティ会場に入ると、軽妙なクラリネットの音色が聞こえてきました。デービッドさんのお父様と弟さんとそのお友達のカリンさんによる三重奏です。デービッドさんの展示会ではいつも静かなクラシック音楽が流れていますが、今日はプロによる生演奏です!
ほどなく、デービッドさんの挨拶が始まりました。いつになく、やや緊張した面持ちで、言葉もうまく出てこない様子。挨拶の後、まず、デービッドさんの仕事のお手伝いをしてきた私達裏方を紹介して下さいました。梱包、発送、翻訳など、版画そのものには直接関係のない仕事なのに、なんだか気恥ずかしい感じです。
食事をしながらのおしゃべりの合間を見て、次は職人さん達の紹介です。バレンを作っておられる五所さん。顔料を扱っておられる松吉さん。刷毛を作っておられる宮川さん。百人一首シリーズの保存ケースを作ってこられた戸田さんご夫妻。版木職人の島野さんは、奥様が来られていました。デービッドさんは、これらの方達のお仕事が、ひとつひとつ自分にとってどれほど重要なものであるかを熱をこめて話されました。五所さんに、その場で、次の摺物シリーズのためのバレンを注文したり、松吉さんには、「次のシリーズはサイズが小さくなるので顔料を使う量が減ると思いますけど...でも、深みを出す為にたくさんの顔料を使おうと思っているので、その点では量が増えるかも」と話されるなど、デービッドさんのおしゃべりもだんだんいつもの調子が出てきました。
摺りの実演は今年の年賀状です。片目の達磨にもうひとつの目を、まさに入れようとしている図。ひとつひとつの作業を丁寧にこなしながら、みんなに説明をしている時のデービッドさんは本当に嬉しそうです。ぼんやりしたものが版を重ねるごにはっきりした形をなしていき、そして最後、版木から離す時、「どんなのができたかな」とわくわくする気持ちーデービッドさんがいつも言っておられることですが、私達もその気持ちを少し一緒に味わうことができました。
続いてデービッドさんの御家族の紹介。ご両親はイギリスのハリファックスから。お母様は優しそうな方で、デービッドさんがこの仕事をやりとげられたことを本当に喜んでおられる様子です。お父様はどこかひょうきんな感じのする方で、デービッドさんとジョークのやりとりをされていました。ドイツから来られた「大きな」弟さんとカリンさん。デービッドさんのユーモアのある温かい人柄は、この家庭があって生まれたものなんだなぁと感じました。そしてカナダから日実ちゃんと富実ちゃん。日本を離れた頃にはまだまだ子供の面影のあったふたりですが、驚く程大人っぽくきれいになりました。展示会場では裏方さんとして様々な気配りをしていて、大人になったのは外見だけじゃないな、と感じさせられました。「みんな遠く離れて暮らしてはいるけれど、インターネットなどでいつもやりとりはしているし、私達は家族です。」−本当に心の絆はしっかり結ばれているのがわかります。
さあ、達磨に目入れです。宮川さんから贈られた新しい筆を下ろし、まずは日実ちゃんと富実ちゃんが少しずつ描き入れます。お父さんのために最後の一筆を残し、デービッドさんが達磨の目を黒く塗りつぶして、百人一首版画シリーズの完成を宣言。きっとこれまでのいろいろな出来事が胸をよぎったことでしょう−デービッドさんの思いが私達にも伝わって、会場は大きな拍手に包まれました。
最後の挨拶をされたのは貞子さんです。「自分は今まで何度も仕事を変えてきたけど、このシリーズはどうしても最後までやり通したい」と貞子さんには話しておられた、というデービッドさん。離婚の後、つらい時期もあったのでしょうけれど、貞子さんの存在がずいぶんデービッドさんの心の支えになってこられたのだと思います。ふたりで手を取って喜び合い、このシリーズに関わってくれたすべての人への感謝を述べておられました。
「参加して下さった皆様にデービッドから心のこもったおみやげがあります」と渡されたのは、一枚の摺物でした。展示会場の隅に囲われた小さなコーナーに置かれていた初日と烏の絵。「お手を触れないで下さい」ではなく、「どうぞお手にとってご覧ください」と書かれていて、柔らかい光の下で手に取ると、初日にかかる白い雲がくっきりと浮かび上がった−会場で見たその美しい絵をまた自宅でも楽しむことができるなんて、本当に最高の「おみやげ」です。
「自分の仕事はたくさんの人の支えがあるからこそ出来ることだ」とおっしゃってきたデービッドさん。その言葉通り、多くの人のつながりを感じられる、とても素敵なパーティでした。デービッドさん、みなさん、楽しいひとときをどうもありがとうございました。
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