「百人一緒」の第35号です。もう、表紙のデザインが変わった事にお気付きですよね。小さな 100までの数がなくなった代りに、10個の丸だけが書かれています。今年は、新シリーズの版画ができ上がる度に、この丸の中が少しずつ埋まっていきます。そうです、十年のプロジェクトが終了して、次の版画セットは、たったの1年しか掛かりません。いちねん?
きっと、始めから説明した方がいいですね。
一年ほど前の、「百人一首シリーズ」がそろそろ終わりに近付いた頃、その後に続けていく仕事として、たくさんのアイデアが湧いていました。世界中の美術館には、計り知れない数の美しい版画や本が保存されていて、再び日の目を見るのを待っています。何をすればいいのかは問題でなく、魅力的な作品がありすぎて、どれを選んでいいのかが悩みでした。次から次へと、版画集や版画史の本に目を通したり、本物の版画もたくさん見ました。でも、気が付くといつも、それまでに見た「摺物」に心が戻っているのです。
「摺物」というのは、日本の伝統的な木版画の、ある特定の種類を指しています。皆さんが良く知っている浮世絵は、できるだけ多くの人達に行き渡るように作られた物です。でも摺物は、贈り物やお知らせとして、個人が出版したもので、一般大衆に向けて販売するという事は、ほとんどありませんでした。
ここにある写真は典型的な摺物のひとつで、絵と狂歌の両方からなっています。歌の作者が自分で依頼して作らせ、歌会の仲間の間で交換したようです。売る事が目的ではなく、純粋に風雅を楽しむためのものですから、金銭に糸目をつけませんでした。最高級の和紙と顔料を用い、とびきりの彫師と摺師に依頼し、より抜きの絵師に絵柄を頼みました。こういった摺物は、比較的小さくて、19cm×21.5cm というのが、もっとも一般的な大きさでした。
摺物の起こりは1760年代頃で、百年ほど続いたようです。当時人気のあった作家は摺物の絵柄を頼まれることが多く、中にはそれを本業にする絵師もいたほどです。絵の題材としては、歴史上の出来事、風景、静物、そして歌舞伎などが多く用いられました。
摺物の載っている本を開き、その切れ味の良い彫りや言い様のない繊細な摺りを見るにつれ、私の次のテーマは正にこれだ、と思い至ったのです。私は、10年間ずうっと同じ作者による絵、それも「百人一首」というテーマで描かれた絵を版画にしてきました。でも、次のプロジェクトは、それほど制限がなくても良いのではないか、版画そのものの美しさをテーマとして考えても良いのではないか、と思ったのです。私の腕でこういった作品を作り、版画というものがどんなに美しいものなのかを、できるだけ多くの人達に示していきたい。「摺物」という言葉に、新しく僕自身の意味付けをしていこう。本来の定義にある、言い表しようのない美しさと繊細さを備えていれば、それをちょっと広げて、個人の出版物ではない本にある挿し絵なども含めよう、というように。
このように考えて、気に入った版画の切り抜きなどを集めだすと、たちまちすごい量になりました。そして、その集めた版画に共通するのは、私が気に入った絵であるということだけです。すっきりしていて、基本的な技術を用いているのもあるし、また、込み入っていて、高度な技術を要するものもあります。
集めた絵の中から、最も気に入った10枚を抜き出して一列に並べ、こんなことを考えたのです。独自の摺物アルバムを出して見たら ........。百人一首の時と同じに、ひと月に1枚作ってみたら ....... 。そして、でき上がってから1枚ずつ版画愛好家や蒐集家に送ってみたら......。(保存用の、しっかりしたケースも始めに送ろう)毎年一月にする、恒例の展示会も続けて、一般の人達にも見ていただこう。
こうして、アイデアはどんどん膨らんでいき、何ヶ月かの準備の後、今回の展示会で、新しいシリーズをお知らせできることになったのです。反応は上々でした。そして、第1回の摺物アルバムは目下進行中です。第一回と書いたのは、10枚で止めるつもりなど、さらさらないからです。作品は目移りして決められないほど豊富にあるので、これから百年くらいは、毎年アルバムが作れるほどです!そんな事はありっこないですがね。でも、どのくらいこれを続けて行くかはまだ未定です。いつか、もっと魅力的な別のテーマを見つけてそちらに乗り移るかもしれませんし、あるいは、この摺物アルバムが私の最後のテーマになるかもしれません。さあ、どうなるでしょうか?
摺物は18、19世紀に美しさの極みに達し、それ以来、その様式はずうっと眠ったままです。でもその息遣いは、きっと残っています。摺物は、「さっさと仕上げて売りにだす」という方式では作っていけません。「好事家(こうずか)」によってのみ作られ得るのです。デービッドは、摺物の好事家、そして製作者です。
皆様に、私の作品を楽しんで頂けますように。
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