デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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加藤敏喜先生

この方の紹介は、9年も遅れをとってしまいました。この欄の為に彼を訪問する事を初めて話したのは大分と以前のことだったのです。それが、どうしてそんなに遅くなってしまったのかというと、加藤敏喜様が学校の先生だからなのでした。教師なので、私としては、かなり自由な時間があるものと思っていたのです。でも、日本では事情が違っていました。少し時間を割いてもらおうと連絡すると、いつでも会議があったり学校行事があったりで、うまく予定が合わなかったのです。先生はまた、家事や子育ても奥様と分担し、父親としての役割もきちんとこなしているものですから。でもついにチャンスがやってきて、数週間前にやっとお訪ねすることができました。

お宅に伺うとすぐに、とても寛いだ気分になれました。というのは、ちょうど私の部屋と同じように、どちらを向いても本がたくさんあったからです。学校の先生なのですから、こんなことは当然予測できたはずのことですが、そこにどんな本があるかということまでは予測できなかったでしょう。本棚そのものには普通の本を置いてありましたが、その他に、マッチ箱程小さい本を集めていらしたのです。先生が引き出しを開けてそれを見せてくださった時には、一瞬それが何なのか分かりませんでした。でも後から、それが本物の本で、各ページにとても小さな字が印刷されていることがわかったのです。細部に亘る繊細な出来具合いをみて、先生が私の版画に興味を持たれた訳がわかりかけてきました。 

この、どうして私の版画を集めるようになったのかということが、今回聞きたかった事のひとつでした。百人一首が好きだからでしょうか?この答えとして、彼は手許にある日本画の作品をみせてくれました。一部は部屋のあちこちに飾ってあり、折にふれて保存ケースの中のものと飾り変えているそうです。それぞれの絵の気に入ったところをさして、うれしそうに話してくれました。ある絵の空の部分がとりわけうまく描けているとか、竹の部分がどうだとか......。

絵画や版画を自分自身が楽しんでいらっしゃる、というのは良く分かりましたが、なにか他にも理由があるように思えたのです。加藤さんは教師ですから、ほとんどの時間は、御自分のお子さんも含めて、学校及び地域の若者の教育に専念しています。そんな立場から、子供達がテレビなど周りの環境から受ける影響に危惧の念を感じているとのことです。なぜなら、子供達は、彼らを取り巻くそういった物から自己を形成していくからだと。全てが悪いというのではないが、漫画やテレビ以外にも、適切な文化的影響を受けるようにしてあげるよう、配慮しなくてはいけないと感じていらっしゃるのです。こういった考え方は理に適ったもので、私の作品をその教育活動の一部として組み入れてくださっていることを、うれしく思いました。

加藤先生は私の収集家の方達の、良くあるタイプではないかと思うのです。つまり、いくつかの異なった要因が動機となって私の版画を収集されているのです。先生の場合は、御自身での楽しみはもちろんあるわけですが、それに加えて、こういった文化的活動が社会の若者に良い影響を与えるという信念、それと、私のプロジェクトが興味深くて、それを支えるに値すると考えていらっしゃるから、などなのです。

玄関の呼び鈴にドアーを開けると、そこに加藤先生がいらっしゃることが、年に何度かあります。中に上がることはまずなく、ちょっとの間おしゃべりをするだけですが、そんな時はいつも、庭でとれた野菜の入った大きな袋を下げて来てくださいます。先生は教育者としては地域の子供達に心の「糧」を与え、私には百人一首プロジェクトに財政面で「糧」を提供して下さるだけでなく、直接に食べ物としての「糧」までも供給してくださっています。

先生、何から何まで本当にお世話になります。(今度新しく老眼鏡を作ったので — 本当はこれ、内緒なんですが — 先生のコレクションのミニチュア本がもっとよく見られますよ。)

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