デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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職人を訪ねて ...

このニューズレターを作り始めてかれこれ9年、木版画に関わる職人さんをずいぶんと訪ねてきました。ところで、これまでお訪ねしてきた職人さん達の共通点にお気付きでしょうか。みなさん男性で、少なくとも私よりは年上の方達だったのです。でも今回のゲストはちょっとばかり違うんです。二人とも私よりずうっと若くて、しかも一方は女性です。

今まで、長い経験を積んだ年配の職人さん達ばかりを紹介してきたので、この方達の寿命が尽きてしまったら、伝統木版画はおしまいになってしまうのでは、と心配されたかもしれません。私自身もそのことが気になっていたので、バランスを取り戻すという意味もあって、松崎浩繁さんと小池香世子さんに会うことにしたのです。ふたりは年配どころか、両方の年齢を足して私より4つ多いだけです。ちなみに私は46!

「百人一緒」を始めから読んでいる方は覚えてらっしゃるかもしれませんが、浩繁君は第4号で彼のお父さんをお訪ねしたときに、話の中でちょっとだけ登場していたんです。写真は後ろ姿だけで、失礼だったかなあ。当時、彼はまだこの世界に入ったばかりでしたが、今ではもう摺師として10年も経験を積んだことになります。今回こうして話をしてみると、腕が上がったことで職人のひとりとしての自信もついてきているようです。父親について、多様な種類の仕事をおびただしい数こなしてくるうちに、私がまだ知らない技術なども習得してきています。にもかかわらず、彼としては、まだ見習いで一人前になるにはあともう5年と考えているようです。


香世子さんの彫師としての経験は、まだそれほどではありません。高校を卒業してこの仕事をするようになったのが3年前ですから。彼女が言うには、最初に与えられた仕事は、長唄の文句がいっぱいつまった版木だったそうです。これには驚きました。なぜなら、今から数百年前に職人の見習いがしたのと、まるで同じだったからです。そして、こういった太くて丸みのある書体を彫っていくのは、版木を動かさずにあらゆる方向に向かう曲線を彫れるようにするための、とても良い練習になったというのです。これこそ、私が経験した事のない訓練で、しっかりとした基礎を築いている彼女がうらやましく思えました。とすると、ついている親方は保守的で厳しい師なのだろうか、と心配になったのですが、どうやらそんなことはなく、分らない事があれば見てもらえる開放的で居心地のいい環境にいるようでした。


珍しいという点では、香世子さんと私は共通しているかもしれません。でも、私が、髪の毛や目の色の違いに関係なく本当の実力で評価してほしいと思うように、彼女も女性だということをまるで意識せずにやっているようです。そう一個の彫師として。

3人で食事をしながら、香世子さんは生粋の職人だなあ、と思うようになりました。というのは、仕上がった版画に自分の名前を入れて欲しいかどうか聞いて見ると、こんな答えが返ってきたのです。そんなことはどうでもいい、板に彫ることが自分の仕事なのだからと。私としては、自分の名前は当然作品に記されるべきだと思っていて、浩繁君も自信の持てる作品に名前が書かれても良いという控えめな意見でした。最近の傾向としては、こういった仕事のできる職人があまりいなくなっているので、仕事に誇りを持つという意味でも、名前が記されるようになっているようです。

今回二人の若手の職人と話をして、とてもうれしく新鮮な印象を持ったのは、仕事の将来を明るいものとして見ているということです。若いんだから当然とおっしゃるかもしれませんが、彼等は情熱があるだけでなく、社会が彼等の技術を価値あるものとして支えていくだろうという自信を持っているのです。経済の動向には浮き沈みがあるものだし、仕事の少ない時もあるかもしれない。でも長期的には自分達の仕事は評価されていくだろうと。僕自身もそう思っているのですが、だれもが同じ考えではないので、このことを聞いてほっとしました。

伝統的木版画を作る時、彫師と摺師は各々別の仕事場で作業をするので、お互いの仕事について話合うという機会はあまりないことが多いのです。ですから、ある絵がこんなふうに彫られたら、それを摺る時にどう影響してくるかなどと、食事をしながらの会話が弾み、何枚かのナプキンは書き込みでいっぱいになってしまいました。となりの席にいたお客さん達には僕達が何の話をしているのか皆目わからなかったことでしょう。好奇心をそそる話の展開に、いつかまた彼等と会えたらと思いはしたものの、ちょっと妙な余韻が残ったのです。この世界の職人さんを訪ねるといつも、自分がとても若い気分になって帰って来るのですが、今回はちょっと...

浩繁さん、香世子さん、お二人の御成功を心からお祈りします。そして、版画製作によって得られる喜びと充実感を、たっぷり味わってください。

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