デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

ここに、バックナンバーがすべて集めてありますので、号数あるいはテーマ別分類から、選んでお読みください。

41号から最新号まで

1号から40号まで



Categories:

ハリファックスから羽村へ

前回からの続く...

音楽店の倉庫での仕事を始めた日々のことは、ちょっとやそっとでは忘れらません。その広さは2DKのアパートくらいなのですが、いろいろな商品であふれかえっていました。奥の部屋は楽器の入った箱でいっぱいだし、手前の部屋の壁という壁には床から天井まである棚があって、そこは楽譜でいっぱいでした。

時は9月。学校納入業者にとっては一番忙しい時期で、「これこれの楽譜が欲しい」という音楽の先生たちからの注文が押し寄せてきていました。お客の注文の品をすぐさま探し出せる、というのは必須でしたが、夏の間に非常にたくさんの新しい楽譜が届いていたので、ふたりの従業員でそれらすべてを整理するのは不可能でした。床一面、楽譜がごちゃまぜになって積まれており、やっと人が通れるスペースが空いているだけでした。私が社長のビルから与えられた最初の仕事はこれでした。「楽譜が山積みになってるだろ?これを整理してくれ!」「整理した楽譜はどこへ置けばいいのでしょうか?」と尋ねると、「どこか探せ!」と言われました。またある時は、何百という楽器-これだけあれば何十校ものスクールバンドができます-を積んだトレーラ車がドアの外に止まり、「よーし。こいつらを奥の部屋へ運んでくれ」と言われました。「奥の部屋はもういっぱいです。」と言うと、「どこか探せ!」と言われたのでした。

実の所、この仕事は私にぴったりでした。私は物をきちんと整理するのが好きで、パズルも好きです。ですから、こういうごちゃごちゃしたものをきちんと片付けることは、みんなはいやがっていたのですが、私にとってはちっともいやな仕事ではありませんでした。

初仕事の日の出来事で、私の心に今も残っていることがひとつあります。ビルもまだ覚えているかもしれません...楽譜の整理は私の仕事のひとつだったので、私はマーチをアルファベット順に整理して棚に並べておきました。その日の午後、あるマーチを探している先生から電話が入りました。その電話をとったのはビルでしたが、私は彼が注文を書きとめながら言っていたことをたまたま耳にしました。彼が顔をあげた時には、私は棚に行きもしないで、「2冊あります。ひとつはX出版社のもので、もうひとつはY出版社のものです。」と言ったのです。実際この通りでした。ビルが、私を雇うのは考え直そうかな、と思わなくなったのは、この時だったのではないかと思います...

翌年かその次の年あたりは、もう天国でした。単純な倉庫の仕事ばかりではありません。忙しい秋が過ぎると、私はいろいろおもしろいことをやっていました。新しく発行されたたくさんの楽譜の中から良い物を選んで、アドバイスを求めている先生たちに推薦する、フルートの指導をしたりバンドの客員指揮者として学校を訪問する、いろいろなところへ旅行して音楽産業の会議やイベントに参加する...など。仕事を始めた頃、私は大変内気で引っ込み思案の「子供」でした。しかし、責任ある地位を与えられ、人と会わなければならない状況に追いやられると、殻にとじこもっているわけにはいかなくなりました。

そしてもちろん、美しい生き生きとした若い女性と暮らすという経験も効果がありました!当時のイギリス人はあまりお風呂に入りませんでした。私が子供の頃、お風呂は1週間に1度入る、というのが普通でした。私がひとりでロンドン暮らしをしていた時には、公共の入浴施設へ行ったのは1年のうちせいぜい3,4回でした。でも彼女はそんなことは許しませんでした!彼女はまた、私が長年行っていなかった歯医者へ行くようにしむけましたし、とにかく、私が「人前に出られる」ような人間にしてくれました。この数年で私はずいぶん「大人」になりました...

そんなある日、父が倉庫に立ち寄り、悪い知らせをもってきました。地方の交饗楽団のフルート奏者のひとりが急死した、というのです。その人は私の大学時代フルートの先生でした。彼の死はもちろん悲しいことでしたが、別の考えも心にうかびました。空席をうめるためのオーデイションがあるはずです。これは私がずっと待っていたチャンスでした。私は(町の他のフルート奏者みんなと同様に)、彼の席に自分がすわれるように、と行動を起こしました。私はビルに自分のしていることを隠さずに話し、彼は「頑張れよ」と言ってくれました。楽器店の店員というありふれた生活と、オーケストラというロマンスとの二者択一の状況になったなら、もう比べるまでもない、ということを彼はわかっていたのです。私はやってみなくてはなりませんでした...

次回に続く...

コメントする