デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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青い香りの中で...

今日は、特別な日なんです。いつも通り、朝のうちは六畳の仕事部屋に座っていましたが、とても大きな違いがあるんです。今日は、わたしの部屋がどういう訳か空中に浮き上がって、のどかな片田舎のど真ん中に舞い降りたみたいな気分なのです。何か魔法の力が働いて、薄汚れたほこりっぽい東京から、はるか遠くの澄み渡った田舎に運ばれたような気分なのです。刈りたての草の香りで一杯の谷間にです。そうです、今日仕事部屋に新しい畳が入ったのです。

念願の畳替えでした。版画家という仕事は、収入が余り安定していなく、ご存じのように畳はなかなか高いものです。新しい畳を使い始めてから8年も経っていました。8年間... 長いこと待ち望んでいただけに、喜びはひとしおでした。古くなった畳は、随分と擦り切れてきていて、あちこちテープでつぎはぎをしてましたから、お客さんが来たときは恥ずかしく思いました。それなのに、今日はだれも来ない。新しい畳はいい気持ちなのに。でも、きっと明日は来る... そしたら、その人は部屋に入るなり、きっとこう言うんです、『あーいい匂いですな! なんていい匂いなんでしょう。』 お客さんと私は、滑らかでしっかりした感触の青い畳の上で、お茶を飲みおしゃべりをします。そうして、新しくさわやかな畳の上にいると自然と沸き上がってくる郷愁に浸るのです。

家族でカナダにいたころ、日本から畳を一組取り寄せようと思いました。部屋の雰囲気を良くし、座り心地も良くなり、寝具を敷くのに格好だと思ったからです。(私たちは、ベッドを使っていませんでした。) でも残念なことに、厳しい農産物輸入制限のため、取り寄せできなかったのです(いぐさの病虫害のためだと思います)。私は諦めませんでした。そして8年とちょっと前に日本に来たときには、借りることになるアパートに和室があることをしっかり確認しました。それ以来、ほとんどずっと畳の上で暮らしています。仕事はすべて畳の上でしますし、もちろん寝るのもです。おそらく一日20時間くらいは、畳のうえで過ごしていると思います。

そんな訳ですから、今日の畳替えは、待ちに待ったということもありますが、ことのほかうれしいことだったのです。数週間、そして数ヵ月と経つうちに、このさわやかな匂いと青さは薄れて行くでしょう。でも、それが続く限り、私はこの心地良いさわやかな田舎にいるような気分を味わえるのです。もう、今度の畳替えまで8年も待ったりしないつもりです。

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