デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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エキゾチックな新宿

先日のことですが、ちょっと用があって都心に出掛け、帰る時にたまたま新宿を通りました。私の乗った電車は、サラリーマンや買い物客そして学生とさまざまな人達を大量に乗せていて、都心の電車の例に漏れず、かなり陰気な光景でした。

このような車内では、たとえあまり混んでいないときでも、ほほえみを見かけるようなことは、あまりありません。乗っている学生達は、朗らかに元気よくおしゃべりをするかも知れませんが、その他の人達はほとんど、取り立てて何を見つめるという風でもなく、おそらく特に何かを考えているというのでもなく、ただ座って目的地に着くまでの時間をつぶしています。私もこういった人達の例外ではありません。都心に出掛けるときは、忘れずに本をもって行く事もあるのですが、うっかりそこまで考えなかったときなどは、ぼんやりと座っているだけになります。

けれどもこの時は、何かを読んでいたのでも、また居眠りをしていたのでもなく、辺りを見回して思い出していたのです... 十年前にまだカナダに住んでいて、日本旅行の準備をしていた頃のことをです。計画を立てるために、私はどこからか英語で書かれた東京の地図を、それも町の概略を示しただけの単純な安物の旅行者用の物だったのですが、手に入れていました。地図の上に書かれた、「上野」「お茶の水」「六本木」「渋谷」という地名の奥の方にある本当の姿を探ろうとして、その地図を見つめて計り知れない時を過ごしました。どんな所なんだろう、僕はどこに住むことになるんだろう、と考えながら...。

東京について知らない所を補おうと、日本についての本をたくさん読み、言わんとするところを、しょっちゅう地図を見ながら熱心に吸収しました。そしてしだいに、心の中にこういったエキゾチックな場所がどのような所かを描き始めたのです。「秋葉原」「神田」「青山」そしてもちろん「新宿」と!

読んだ本の一部はかなり時代遅れの物でしたが、心の中の東京を作り上げるのに、私はちゃんとそのことも考慮に入れたのです。銀座で人力車のような物を見たり、吉原をパレードするエレガントな「夜の女性たち」を見たりするなんて思ってはいなかったのです。本に記されたこう言った物は、もう永久に過去の物となった事など分かっていました。僕は一体どんな物を見るんだろう? 何千マイルも離れた所にいる夢想家にとって、地図の上の地名の背後に隠されているに違いない町の本当の姿は、いかにもにエキゾチックな場所のように思えたのです。

そしてその新宿を、実際に電車で通っていました。はるか彼方の国で、あの擦り切れた地図見ながら日々を過ごした後、この十年間に恐らく何百回となくここを通ったのです。さてそろそろ、これを読んでいる方々は、私の言いたいことが分かって来たとお思いでしょう。つまり、新宿はエキソチックな所じゃなくて、コンクリートで固められ、人込みでうるさい、ゴチャゴチャした都会に過ぎないと言うことが分かったと私が白状するのだろうとお思いでしょう。神秘的などと言うよりはむしろ、日本が「ただ別の場所」であるに過ぎなくて、マクドナルドや近代的なオフィスの建物が一杯で、私が以前居た所とほとんど同じだと。外国に住むことは、現実には夢のような事なんかじゃないんだって。私が、こんなことを言うと思っていますか?

さあ、もしそう思っているのなら、がっかりさせてごめんなさい。と言うのは、私が先日、何回行ったか分からないほどの、その新宿を通り過ぎたときの圧倒的な感じは、どんなに在来りなものかというのではなくて、それどころかどんなにエキゾチックかというものだったからなのです。

日本に来てほぼ十年が経ち、数え切れない程新宿を通り、日数にして今までの人生の四分の一ほどを過ごした今になっても、「自分がものすごく特別な場所に住んでいるんだ」という感じから逃れ出ることができないのです。友達のテリーは、私が日本の中に見いだしているものが分かりません。彼がこの国に三年間住んで得た、拭い去ることのできない印象は、コンクリートと群衆と騒音で作り上げられたゴチャゴチャな大都会なのです。彼は、もううんざりして間もなくカナダに向かいます。そしてそこに、彼の求める静かで心休まる環境を見いだすことと思います。

ここ日本に、何にせよ長期に渡って滯在するようになる西洋人には、二つのタイプがあるようです。それは、日本が大嫌いな人と、大好きな人です。テリーには、コンクリートの日本しか目に入りませんでした。そして私には、コンクリートの日本は見えないのです。では、私には何が見えるのでしょう。新宿のような所に、特別な何かを見いだし得るのでしょうか。では、例を挙げてみましょう。でも、私の言いたいことが分かってもらえるでしょうかねえ。

電車のドアーが閉まることを知らせるベルの音を聞きながら、プラットホームに向かって、階段の最後を駆け上がります。遅すぎました。ドアーが閉まって黄緑色の電車が発車します。でも、なんて事ありません。二分後には次の電車がやって来て自分を乗せてくれるんですから。快適で、きれいで、時間通りです。

大きなデパートの地下にある食品売り場を歩いている時、餃子を売っているコーナーを見かけて立ち止まりました。幅はせいぜい三メートルで、そのスペースにガス台や冷蔵庫や、商品を乗せるカウンターなどがあり、そのうえ七人の男の人達がひじを寄せ合うようにして、今まで見たことのない素早い動きで、皮に具をいれ、形にまとめています。それはまるで、驚くほど巧妙に造られ、あらゆる部品が首尾よく組合わさっている時計の中を覗いたかのような印象でした。中でもとりわけ手さばきのいい男性が、自信ありげにこちらを見上げて、動きに見入っている私にニヤリと笑いました。

本屋の外に置かれたワゴンの中に山積みされた本にざっと目を通していて、宝物を見つけ出しました...それは、数十年前の十代の頃に読んだ、カナダ北部のカヌー旅行についての本だったのです。あった! 東京の歩道で、思い出のひしめきの中に入って行きました。

外国から来ている友達が、ちょっと変わった頼み事をしました。彼は、楽器のファゴットについての情報が欲しかったのです。大丈夫! 地方に住んでいる友達に電話を一本。新宿に行き、ファゴットショップに直行。

東京で一日を過ごして、貞子さんと私は、昼時にこの辺りを歩いていました。レストランのショーケースの中を次々と覗きながら、「何を食べようか?」「お鮨? トンカツ? フランス料理? うどん? ラーメン? イタリア料理? サンドイッチ?」 私たちは、ヘルスマジックと言う店で食事をしました。私の食べたのは、おから入りバーガーで、おからは豆腐を作った後の残りものだと彼女が教えてくれました。

以上の例に、何か一連の繋がりがありますか。私は、そう思いません。これらの例はすべて、それぞれが無関係ですが、ある大きな枠の中に収まります。つまり、それは多分、新宿(むしろ東京...日本ではなくて)には、ありとあらゆる物があるということなのです。もちろん、わたしの言う「ありとあらゆる物」というのは、単に故郷のカナダで見かけたことのない、いえ見つけることのできない物の事なのです。「エキゾチック」とは、基本的には「違い」を意味する言葉ですが、私にとって日本で暮らすということは、尽きることのない「エキゾチックな冒険」なのです。長年住み慣れた今でも、家の外に一歩出た時から、こういった感じをいつも持ち続けています。私は、不思議の国に住んでいるのです。

このお話には、まだ他に大切な内容が含まれています。

一人の女性が、新宿にある大きなデパートの裏道を通ります。小さなポスターが目に止まります。立ち止まってそれを見て、それから建物の中に入り、エレベーターで三階に行きます。二百年前の技法で、千二百年前に詠まれた歌を記した木版画の展示会です。ギャラリーにはその制作者がいて、髭もじゃのイギリス人です。テレビか新聞で見たことのある人で、常々どんな作品か見てみたいと思っていたのです...

お分りですか、私は単にこういった事柄を外部から見るだけでなく、その一部でもあるのです。テリーは、望むような形でここでの生活になじむ事ができず、間もなく再びカナダで暮らし始めます。けれども、運の良さか計画性の良さか、あるいはその両方によってか、デイビッドはその一部となる道を見いだしたのです。

ある意味でそれは、彼にとってたやすいことでした。ちょっと自分本位で、欲しいものは戴いて(餃子屋さんの"にやり"も含めて)、見たくない事は見ないで(今ここでどんなことか考えつかないのですが)。でも彼は、自分だって価値ある貢献をしていて、結局のところこの社会から戴いているのと同じくらいお返しをしていると思っています。不思議の国に住むってなんて楽しいことなのでしょう。

先日新宿を通ったときには、時折見慣れ次の様な光景は見かけませんでした。"電車の中に座っている若者が、周りのことなど眼中になく、色彩豊かな写真一杯のパンフレットにのめり込むように見入っています。どこかの旅行会社が出している、「エキゾチックなカナダへ!」という...。私は、その人にそっとほほ笑み、うんと楽しい旅行が出来ますようにと願います。心の底から、彼らの求めるものが見つかるようにと思うからです。"

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