デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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版画の「世話」の仕方...

最近、収集家の方達から、版画はどういうふうに保管すればいいのかという問い合わせをいくつかもらいました。これについては、数年前、初期の版画に添えた小さな冊子で少し述べましたが、もっとしっかり検討しておいたほうがよさそうですね。みなさんの中には、相当な数の版画を持っておられる方もいらっしゃいますし、それらがきちんと扱われていないなんて考えたくありませんから!

風にあてること

版画に使われている和紙は、新聞紙とは違って、酸をあまり含んでいません。ですから、新聞のように数ヵ月で茶色くなってぼろぼろになってしまう、ということはありません。和紙は世界で最も長持ちする紙のひとつで、保存のために特別の手入れをそれほど必要としないのです。しかしながら、版画を可能な限り長持ちさせるためにできることがいくつかあります。もし、空気の出入りがないような場所に版画を入れっぱなしにしておくと、かびたり、虫に食われたりしやすくなってしまいます。みなさんに版画をお渡しする時に使っている包み(紺色のケースと鳥の子フォルダー)は、版画の「家」として居心地のいいものであるように設計されてはいますが、何年もの間そこに閉じこめられていては版画達も「幸せ」ではないでしょう。たいていの図書館や、古本などを扱っている人々は、自分達が管理しているものを、少なくとも年に一回は外気にあてるようにしています。これをするのに最適なのは、寒く、乾燥した秋か冬です。

版画が保管されている本棚やたんすから、ケースをひとつずつとりだして、テーブルの上で開け、版画一枚一枚を30分くらいずつ、空気にあててください。最低一年に一回、できれば蒸し暑い季節が終わった後、秋にこれをすれば、版画の寿命はかなり伸びるでしょう。もちろん、しょっちゅう版画をだして眺めておられるのならば、こんな特別の「虫干し」をする必要はありません。でも、版画を最後にだしてからもうずいぶん経っているのなら、虫干しも悪くないでしょう... (みなさんが版画を受け取られる時にフォルダーを覆っているビニール袋は捨ててください、ということも言っておいたほうがいいでしょうか? あれは単に、輸送中、包みを保護するためだけのものです。)

額について

私は額を使うのは好きではないのですが、いくつかの版画を額に入れて壁にかけておられる方もたくさんいらっしゃいますよね。もし、そうしておられるのなら、気をつけていただきたいことがいくつかあります。最も大切なことは、直射日光のあたるところに版画をかけないでください、ということです。私の使っている顔料は、簡単に色あせたりしないものですが、直射日光が長い期間あたっているというのは版画に悪い影響を与えます。何年か前、私は数枚の版画を南向きのベランダの壁に貼って、日光や雨風にあてておく、というテストをしてみたことがあります。3、4年経っても、色は私が室内で保管しているものに引けをとりませんでしたが、紙が変色し始めました。(残念ながら、この実験はある夜、台風のせいで終わってしまいました! これらの版画がどこへ行ってしまったのか今はまったくわかりません。おそらく私の作品のなかで最も「遠くまで旅した」ものとなっていることでしょう...)

額に関するもうひとつの問題は、版画が何年もの間、放ったらかしにされていると、ガラスの内側にごみやかびなどが生じてきます。額は、少なくとも一年に一回開けて、傷みなどがないかを調べて、きれいにしておかなくてはなりません。(もちろん、もっといい方法は、額に入れておく版画を定期的に交換することです。月ごとに、あるいはせめて季節ごとに...)

輸送について

版画の包みが輸送中に損傷を受ける、ということがたまにあります。日本の郵便局はいつも素晴しいサービスを提供してくれていますが、私の包みが少し扱いにくい形をしているので、時々ゆがんだりした状態で届くことがあるのです。もしこういうことがありましたら(あるいは過去にありましたら)、どうぞ遠慮なく交換を申し出してください。鳥の子フォルダーでも、紺色のケースでも、あるいは版画そのものでも。版画をいい状態でみなさんにお届けすることは私の責任であると思っています。輸送中に損傷を受けたのなら、私が交換します。こうしたことに対処する用意はいつもしてあります。このためにとりわけてある余分のもちあわせがあります。どうぞ遠慮なくお知らせください。

私の版画を集めてくださっている方達の中で日本人以外の方は今はおよそ10%にすぎませんが、おもしろいことに、こうした苦情の半分以上はその方達からのものです。日本人以外の人の包みにかぎってしょっちゅう損傷を受けているのでしょうか? そうではないと思います。単にその方達は、何が起こったのかについて、積極的に私に知らせてくださっているのだと思います。一方、版画そのものの汚れなどについて、積極的に教えてくださるのは日本人の方達です。和紙にひっかき傷があるとか、墨のしみがあるとか。私は喜んで(この言葉使いはあっているでしょうか?)こうしたコメントをお聞きしたいと思います。もし、言ってくださらなければ、どこでまずいことが起こっているのか私にはわからないのですから... だから、ぜひおっしゃってください!

今後...

これらのことに気をつけて、版画を適切に扱っていただければ、それは本当に何年もの間、みなさんの子々孫々の代にまで受け継がれていくでしょう。この版画にお金を出して、これらが世に出るのを手助けしてくださっているのは、収集家のみなさんですが、実際のところ、みなさんは一時的な保管者にすぎません。私はこれを少し悲しく思います。木版画はできたての時が最上の時ではありません。和紙はまだ固くて、摺りの前にするドーサのためにごわごわしていますし、色もまだくっきりしていてきつい感じです。版画が本当の美しさを見せてくれるのには実に長い年月がかかるのです。江戸時代初期の版画は今ではもうかなり色あせていますが、江戸時代後期や明治時代のものは今が「絶頂的」です。紙はやわらかく、ふんわりしていますし、色はなめれかに溶け合って、調和がとれています。しかし、私の版画がこの段階に到達するころには、みなさんも私もとっくにこの世を去っていることでしょう... 私達がしている手入れはすべて未来の世代のためのものということになるようです...

こうした美しいものを自分で手にするということが(画廊や美術館のガラスの向こう側にあるものを見るのではなくて!)本当に「版画とは何か」を理解することなのです。私はこのことを前から何度も言ってきたのですが、これはいくら強調してもしすぎることはないと思います。木版画は大変私的なものであり、それが作られた時の状況に近い状況においてのみ、正しく見ることができ、その真価がわかるのです。低い机... やわらかな、水平の光... 顔を近づけて...

ですから、どうぞ私達の版画を大切に扱ってください。そして、それをみなさんのお孫さんたちに最良の状態で渡せるようにしてください。でも、はたして彼らはこれに興味をもってくれるでしょうか? 私は時々疑問に思います...

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