デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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5周年展示会の総括

カナダに住んでいて、日本に行くことを考えていた頃は、日本に関する本を片端から読んでいました。手当たり次第に読みました。新しい本、古いもの、あらゆる種類を読みました。私の中に広がった日本のイメージは古くさいものであり、少しも実用性がありませんでした(そういった本のことは忘れて、自分の目で見る、自分の耳で聞いたことを信じたほうがよかったのです)。でも、「いかにして日本で生き残るか」という内容の本で読んだ事実をはっきりと覚えています。著者は、日本で事業を始めるとしたら、安定するまでに最低 5年はかかるであろうと述べていました。これはビジネス関係の頃目に書かれていましたが、自分の考えていること、木版画の研究があてはまるとは思いませんでした。でも、1988年の秋に木版画に取り組む決心をしてから時が過ぎた現在、彼の意見は正しかったと気がつきました...安定するまでにおよそ 5年かかりました。

このことを書くのは、木版画製作という仕事がようやく確立できたと思えるからです。今年の 1月の展示会は大成功でした。マスコミの注目度は高く、新聞、雑誌、ラジオ、テレビなどあらゆるメディアで取り上げられて、 6日間に千人以上の来場者がありました。私の仕事のことを説明し、お客さんから話を聞くことはとても楽しかったです。趣味で版画を作っている人たちは作品を持参して見せてくれました。外国人が日本の伝統工芸に取り組んでいることが珍しくて、それで見物に来た人たちもいます。もちろん、ほとんどの方が百人一首のファンであり、春章の意欲的な作品群に出会って喜んでいらっしゃいました。しかし、こういう種類の展示会には二つの目的があります。「実演しながら解説する」という要素が一つです。それと、収集家として参加してくれる人々に、是非とも出会う必要がありました。20数人のお客さんが加わってくれることになりました。 1年間参加される方も、それ以上の方もいます。このことがお知らせできて嬉しいです。

申し分のない結果でした。多すぎもせず、少なすぎることもありません。収集家がこれくらいいれば、毎月の家賃の心配をしなくてもいいという点ではとても助かります。個々の収集家の方々と緊密なつながりを持つためにはこれで十分です。展示会の後、友人の一人が心配して言いました。「収集家がそんなに増えて、仕事が荒れることはありませんか?」 私は思わず答ってしまいました。仕事に関しては何も変わりません。彫りはまったく同じですし、以前と同様に毎月百枚ずつ摺っています。仕事場に保管しておく分が減り、発送する分が増えただけです(二人の女性がケース作り、包装、発送を手伝ってくれていますが、その仕事が少し増えたので喜んでくれたと思います)。毎月、手紙を読んだり書いたりする時間が増えるでしょうが、これは楽しみです。仕事ではありません。全体的に考えて、これ以上は望めないような展示会でした。

そういった訳で、 5年間という指摘は正しかったのですが、実のところはもっとかかっています。最初の木版画を作ったのは13年前、カナダで「サラリーマン」をしていた頃です。ひどいできでした。お話にならないくらいです。子供が作る程度のものでした。でもそれを目にした時は、もっと作りたくなりました。もっと上手になりたい。いろいろな展示会で見たような、そういう作品を作りたい、版画家になりたい、と思いました。今、ようやく、自分がなりたかったものになれたように思います...

ジョージ・バーナード・ショウが面白いことを言っています。人生にふりかかる二つの悲劇についての考察です。一つは、夢がかなわないという悲劇であり、もう一つは、それがかなう悲劇です。意味するところは、欲しいものを手に入れれば、人生の目標がなくなってしまう、ということですね。13年間の夢がかなって、版画家になりました。でも、まだまだ挑戦すべきことはたくさんあります。昔の職人や、今も活躍している現役の方々と比べると、私のゴールはまだ先です。ずっとずっと先です。

ショウ先生の見解には賛成します。でも私は心配してはいません。最初の悲劇についても二つ目の悲劇についてもです。その論理をまぬがれる方法を見つけたからです。夢を、実現可能な夢を増やせばいいのです。可能でありながらもつかみきれない夢を持ち続ければいいのです。

42歳という年齢で「人生の秘密」を発見するというのは可能でしょうか。本当に? こういった考えは、どこかで隠遁生活しているような老人のものだと思っていました。でも考えてみると、私自信がそう思っていたのです。何ということでしょう!

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