デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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幕間

「百人一緒」の原稿を書く時いつも悩むのが、版画製作に関係したことと、個人的な話題のバランスをどうとるかという問題です。 自分自身のことについては、つい、よい点ばかりを話してしまうようです。 その結果、読者の方々は、二人のすてきな娘とともに楽しい仕事に従事している私の生活に関して、いわば「バラ色」のイメージを浮かべられるでしょう。 最近の事ですが、ある女性の収集家と話している時に明らかになりました。 彼女は何か個人的に大変な問題を抱えていて、私の生活がいかにすばらしく幸せであり、どれほどうらやましいかを説明しようとしました。 私の生活の実情を理想化して見られると、とても落着かない気分になります。 ごまかしや気取りは嫌いですし、出きるかぎり自分に正直でありたいと思いますので、ちょっと反対のイメージのことを書きます。

なるべく簡潔にいきます。 三千代と私は 8月の初めに離婚しました。 私は子供達と一緒に、この羽村での生活を続けていますが、彼女はカナダで新しい生活を始めました。

数年前、彼女がカナダの大学で学ぶために、離れて暮らすようになった時、こういう生活は問題を引き起こすかもしれないと言って多くの友人が心配してくれました。 忠告は正しかったようです。 メロドラマのような、細かなことにまで触れたくありませんので簡潔に言いますと、先学期、三千代は教師の一人と、とても親しくなりました。 その結果、私達の個人的な関係は壊れてしまいました... 夏の話し合いでは、彼女には、二つの選択肢が残されました。 一つは、日本に残り、何か勉強でも仕事でも自分に興味がもてることを探し、もう一度、夫と子供達と一緒の生活に戻ることです。 もう一つは、カナダに戻って自分のことを続けることです。 彼女にとっては、どちらの選択もひどいものでした。 日本にいれば、医科大学へ入る夢を諦めなくてはなりません。 しかし、カナダへ戻った彼女を、私は援助することが出来ませんので、彼女は家族を失うことになります。 彼女はカナダを選びました。 彼女は空港に向かい、私は役所に行って離婚手続きをとりました。

その後も、私の生活は以前と変わりません。 仕事と子供に時間を費やしています。 どちらにも十分な時間はさけませんが。 二つの作業も変わらずに続いています。 毎月毎月、彫っては摺り、彫って摺はりしています。 頭の中にだけ、変化が起きました。 形の上では再び独身になりましたが、結婚する前の13年前と同じ「独身」ではありません。 私の仕事と生活に対して心から関心を持ち、子供達を育てる手助けをしてくれる誰かがここにいてくれたらと思うのは、一種の夢のようなものだったのかもしれませんが、私は好機を逃がしたようです...

これで十分でしょう。 今現在、私の生活は正確には「バラ色」で楽しいものではないかもしれませんが、何もかもひどいということもありません。 少しずつ、口の中から、この問題にまつわる苦味が取れています。 たとえ何が起こるにしろ、私はこれからの生活に期待しています。

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