鰐皮! 私は自分の耳を疑いました。鮫皮が版画製作に使われることは知っていましたが、鰐皮が伝統的な版画職人に使われているということは初耳でした。即座にたくさんの質問がわきあがってきました。一体全体江戸の職人がどうやってそのようなものを手に入れたのでしょう...このことを知ったら私の版画を集めてくださっている方々はどう思われるでしょう...どうしてこのことを前に聞いたことがなかったのでしょう。
美澤さんは、私が明らかに混乱したのを見てとりました。彼は、紙にはけで塗っている、にじみ止めの液体の成分が何であるかもう一度根気よく説明しはじめました。明礬(みょうばん)はわかっていましたがワニカワ...?それからあっと気がつきました。それはワニ カワ(鰐皮)ではなく、ワ ニカワ(和煮皮)でした。ああよかった!
私の版画が手漉の和紙に摺られていることは皆様よく御存知ですが、和紙は使う前に準備が必要だということはあまり知られていません。山口さん御夫妻が私の希望どうりに紙を漉いてから美澤勇さんの所へ送ります。美澤さんは一枚一枚にドーサを引きます。こうすることによって、紙はバレンで何回もこすっても大丈夫なように強くなります。もっとよく美澤さん御夫妻を知り彼らの仕事を理解する為にある晴れた、春の日、埼玉県の東南になる彼らの仕事場を訪ねました。
他の会話は、先に述べたように変だったわけではなく、美澤さん御夫妻から仕事について話しを聞いたり、仕事を見たりと大変楽しい午後を過ごしました。版画職人さん達(私も含めて)とは違って美澤さんは立って仕事をされます。柔らかい山羊の毛のはけはその巾が一メートル近いものもあり、そのような道具を座って使うことはできません。入れ物に一杯の温かいドーサ液を仕事台の右に置き、漉きたての新しい和紙を前に積みあげています。まず 5枚の紙の表にそれぞれドーサをひいて裏返して重ね、こんどは裏側にひきます。午前の分の数百枚の紙はドーサが平均にいきわたるのを待って、午後、天井に張り渡している無数の綱に二枚づつぶらさげます。奥さんの久子さんがこれを手伝うのに二階に上ってきます。二本の手では、この仕事をするのに不十分です。というのは、ぬれた紙はしわにならないように非常に注意深く持たなければなりません。長い間一緒に作業しているので彼らのダンスは十分に下稽古がなされています。 彼の手がここに行き、彼女の手がそこに行き、ターンをして、天井に持ち上げて、又 かがんで積み上げられた紙にもどります。 (もし彼らがお昼の食事のときにけんかしたら午後の仕事はどうなるんだろうなどとは絶対考えたくありません...)
乾燥は自然のままに行います。紙漉職人は時として、日にあてて乾かしますが、美澤さんは決して紙を日に当てません。というのは、早く乾きすぎると、ドーサをひいた紙が弱くなるからです。 美澤さんは勘で湿度を計り、窓の開け具合によって調節します。 梅雨期はもちろん頭のいたい時期です。ドーサは長い間湿ったままだとくさくなります。というのはニカワは動物の骨からとるからです。(それは、バイオリンやギターを作るのに使われる西洋の『hide glue』によく似ています)。
私は、彼が大きなはけを使うのを座ってじっと見ていました。仕事のリズムが、版木屋さんの島野さん、摺り師の松崎さん、刃物鍛治の碓氷さん、紙漉の山口さんのと似ていることに気がつきました... 腕はつねに動いているにもかかわらず、体の部分でいそがしいのは目だけのようです。 目はたえず紙の上を動き、ドーサの弱すぎたり、強すぎたりする部分がないかさがします。ストレスも、力まかせにやることも苦闘もありません。 紙は、彼の手の下で...一枚...一枚...一枚...と動いていきます。とてもたいくつな仕事のようですか? それはちがいます。 このような仕事をしたことのない人は決して理解できないでしょう。車工場の流れ作業の容赦のないリズムとはちがって、職人のリズムは、彼ら自身の中から出てきます。美澤さんは仕事台の前に立ち、はけを握り...つけて...おとし...ひいて...かえして...つけて...おとし...ひいて...かえして...
後で話しをした時にわかったのですが、彼の仕事は食生活にさえ影響を及ぼしています。もし油の跡が紙につくと、ドーサがきちんとしみこまず、できあがりの版画の色にむらができます。その為に、紙には、ほんの痕跡程度の皮膚の油さえつかないようにします。 美澤さん御夫妻はてんぷらを食べません。
私の出来上がりの版画一枚あたりにかかる費用はかなり違いがあります。 和紙...一枚500円+、パッケージ...300円+、アルバイト料...500円+、送料...500円+、版木...200円+(版木一枚...10、000円+)、他... それらのうちで、美澤さんが請求される金額が紙一枚あたり60円で、一番安いです。 美澤さん自身彼の仕事が『一番下』だといわれます。しかしなめらかな版木や、いい刃なくしては、彫ることができません。いいバレンや、すばらしい和紙、そしてもちろんきちんとドーサがかかってないと摺ることができません。これらの職人さんのうちで誰が一番上で、誰が一番下ですか? 私の答えは、皆様おわかりですよね。
美澤さんが紙漉職人の山口さんに会われたことがないと聞いてびっくりしました。何10年も共同で仕事をしてきて、山口さんについて知っていることといえば数カ月前の『百人一緒』に書いてあったことだけです。お金ができしだい、それはたぶん半分出来上がる平成6年の一月の展示会になると思いますが、私はこれらの職人さん達に一堂に集まっていただけたらと思っています。(『百人一緒』で、すでに皆様御存知の職人さん達、そしてこれから書かせていただきます方々です。) 私の作品の前に並んでいただいて、日本中の人々に木版画とは本当に何なのかということを知っていただきたいと思います。それは春章や歌麿や広重ではありません。 それは職人です。 心おだやかに、しかし仕事には全注意を集めて、一枚の紙(又は、*をよじったもの、鋼鉄の塊...)が職人の手で一定の自信に満ちたリズムでもって、形をなし、次の職人に手渡され、そして次の人へ...次の人...次の人...それから終わりには、皆様方の手もとへと渡されていきます。
美澤さん宅を辞してバス停への道を歩いていきました。美澤さんはたぶんもう二階の仕事台にもどり、私に話すのにとられてしまった時間をとりかえそうとしてられるであろうとわかっていました。しかし又,どんなに遅くなったとしても、仕事のリズムは変わらないということもわかっていました。一枚一枚の紙に十分な注意を注ぐでしょう。ドーサは適切にひかれるでしょう。 次の版画を受けとられた時によく見て下さい。しばし美澤さんのことを思い、彼の『鰐皮のスープ』のことを思い出して下さい。彼が紙にひいたドーサは、私の摺り台の上にあるほんの短い間だけ必要で、何10年間のうちに除々に紙から消えていきます。しかしドーサなしには、版画は存在しません。
美澤さん御夫妻に深く感謝いたします。
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