デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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有城重良さん

1964年 6月26日、大阪から屈強な17才の少年が旅立とうとしています。彼の年頃の他の少年達のほとんどは、机に向かって勉強していますが、有城重良さんにはもうたくさんでした。 彼の目的地は...大阪。 乗り物は...ツアー用自転車『ワンダーフォーゲル』。これに乗って73日以上かけた、8000kmにわたる大阪から大阪まで本土、北海道、九州を完全にまわる旅にでようとしていました。

私は、重良さんの旅の日記を読んだことがあります。そしてそれはあなた方が想像できる事柄でうまっています。晴れの日、雨の日、名所旧跡、ジャリ道、ダンプカー、そして日々の出費。 しかしそれには、全ページにわたって他のことも書かれています... いろんな人々との出会いです。彼はいたるところで助けられました。寝る場所、食物の提供、そして温かいはげましでした。日記には彼が見た場所よりもこれらの人々のことがより多く書かれています。これらの出会いが10代の若者に永久的な影響をおよぼしたと思います。というのは、彼が大人になった時に、私がかつて出会った人の中で、もっとも陽気な人間の一人になっていたからです。

去年の夏、三重県南部の私の妻の故郷にいった時、私は有城さんと奥さんの千賀子さんと過ごす機会がありました。彼らはそこに少しの土地をもっていて、自分達でログハウスを作っています(カナダからのキットではなくて始めからです)。どうやって作るかをどこで学んだのでしょう? 彼はやってみることによって学んでいます。私が何かを学びたい時にするのと同じやり方です。これは日本人のやり方とはまったく違っています。家を造るのは、二人にとって大変な仕事で、何年もかかるでしょうが、仕事の大変さにおどろいているという風には見えません。有城さんは17才の時に、自転車の上で貴重なことを学びました。もし、一歩づつ、少しづつやっていくとしたらとりくむのに大きすぎる仕事などありません。礎石の上に丸太をのせるのに格闘している彼を見ていると長くかかりそうですが、いつの日か彼の作りあげた木の部屋にすわって彼の仕事を感心してながめる日のくるのはうたがいのないことです。

有城さんの例は、私の仕事に少なからず励ましとなっています。彼と私は長い旅に乗り出しています。しかし、なあ!目的への過程は楽しいもんだね重良さん...

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