デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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バレン職人 - 五所菊雄さん

私は少しばかりあせり始めました。電話で 『もちろんあなたの家を見つけられるから心配しないで』と言いましたが、たぶんだめかもしれません。私の羽村の家から、埼玉県の下藤沢まで自転車でちょうど一時間で来て、何も問題がないかに見えました。しかし私は今その家を探してイライラしながらあちこち走り回っています。遅くなるという恐れから、自尊心を飲み込んで人に訪ねることにしました。私は一人の婦人が落ち葉を掃き集めている狭い道に、自転車を向けました。 そしてためらいがちに彼女に尋ねました。『すみません。 下藤沢の480はどこにありますか』それは彼女の家の番号で、ここが私の目的地でした。彼らの町につくまでに一時間かかり彼らの家を探すだけにもう一時間かかりました。

私は仕事場を見せていただく為に、そして版木の上の紙をこするのに用いる手作りのばれんを注文するために五所菊雄さんを訪ねました。この時まで私はいろいろなばれんを使ってきました。そのほとんどは、画材店からもとめた学生用の道具です。これらのいくつかは、かなり高く、約15000円でしたが、満足出来るものではありませんでした。そして私はこれらを使用することに、だんだんとイライラしてきました。仕事のへたなのを悪い道具のせいにするのは、へたな職人であるということわざがありますが、そうはいってもプロの人が、おもちゃの道具を使っているのを見たことがないでしょう。何人かの版画の職人さんが、五所さんの所へ行ってみるように勧めて下さいました。もっと早く訪問すべきだったようです。

家は小さく、その家に入り、狭い通路を体を横にして通った時に、両側のありとあらゆる隙間が版画製作に関係のある本、道具、版画の膨大なコレクションで埋められているのが見えました。彼は明らかに『版画』の為に生きています。仕事場は、私がかって見たそのどれよりも小さなものです。五所さんは 2畳の部屋たどいわれますが、床面が全く見えないからその言葉をそのまま受けとるしかありません。入口から一歩で直接座ぶとんの上に行きます。部屋に入るのではなく、部屋を身につけるようです!

彼の仕事は『竹』の一語に要約出来ます。と言うのはこのいろんなことに利用出来る植物は、彼のばれんを作る材料を提供します。版画家のばれんは三つの主要部分からなっています。白竹の皮を文字どうり何千という細い紐状に裂いたものを、堅くコイル状にした部分、あてがわとして、薄い和紙をかたつむりのペースで、一日一枚づつ一ヶ月かかって糊でくっつけた部分、最後はカバーで、これには真竹の竹皮を用い、特別のやり方でしっかりとくるみます。このやり方は何世紀もかかって少しづつ発達し、他の何ものででも代用できないほど、版画家の必要性によく合っているということを証明しています。プラスチックで形を作ったもの、小さな金属の玉をテフロンにはめこんだもの、その他いろいろの工夫をこらしたものなど、現代の企業家は何十ものそれに代わるものを作ろうとしてきました。そのどれもが、伝統的な材料のようには役に立ちません。竹は『王』の位置を保っています。

客の注文に応じて仕事をしている五所さんに戻ります。コイル状のものを作るために、竹皮を必要な長さ(20cm位)に切り外層をはがしたものを細く裂き、注意深く湿らせて準備します。彼はかぎのついた木の棒の前に座り、細く裂いた竹皮四本を用いて編み始めます。最初の部分は輪にしてかぎに結び、電光のごとき早さでよりあわせて、数cmのデリケートな竹皮の綱が出来ます。竹皮が、彼の手の中で短くなると、新しいのを足して行きます。彼の手は文字どおりぼやけて、何をしているか見ることが出来ません。私は細い竹皮と、長くなっていく綱を単に持っているのに指が何本必要か数えようとします。 12本まで数えて諦めます。普通のばれんには、このデリケートな綱を18m用います。あるばれんにはもっとずっと長く用います。必要な長さになるまで長い長い時間がかかります。竹皮を堅い綱によっていく彼の指先は堅い皮膚で被われています。

あて皮も同時に作り始めます。カーブのついた型板の上に非常に薄い和紙を毎日一枚づつ重ねていきます。必要な枚数を重ね終わると、その上に絽の布を貼ります。そしてその上に漆を塗っていきます。出来上がりは高級な漆塗りのようになります。今月彼はこの美しいばれんを6個作ります。一つ一つが、それを生涯の宝物にするであろうお客さんの所に送られます。

大きさや、綱の数をいくつにするかとかの話し合いの末、私は一つ作ってくださるようにお願いしました。値段は5万円で高いようですが、作る為の仕事量を考えると実際はバーゲンで、私はそれを何年も何年も使うでしょう。彼は約6週間で出来上がると約束して、私は帰途につきます。来た時よりも少しばかり真っすぐに。

...

彼からの電話がやっとかかってきました(電話をそばに置いて寝ていました)。私と三千代は、出来上がったばれんをうけとりに、自転車をこぎました。9年間だめな道具で苦労して‥‥そんなに素晴らしいばれんは見たことがありませんでした。平均的な道具で練習して、どうやってするか解ってきてから一段上がって、ついに本物の道具を手にすることは、本物の道具に対して、本当に素晴らしいと感じられるやり方です。このばれんはこれからずっと私のパートナーになるでしょう。去年あなたがたが受け取られた版画は、五所さんの手作りの道具で作りました。

時おり訪ねる東京の摺師の方々は、薄いのとか、厚いのとか、重い綱のとか、軽い綱のとかたくさんのばれんを持っていらっしゃいます。彼らは、今している仕事に一番合ったばれんを選びます。将来(それが近いことを願っています)私の技術がもっと上達したら(お金もあったら)、五所さんのマジックの竹皮の綱が、飛ぶような指でよられていくのを見にここに戻ってきます。もしなめらかで、深い色が、私の版画に現れるとしたら、その大部分は彼がかがみこんで、この驚くべき竹皮を際限なくよっている大きな時間に負っています。

五所さん、あなたの大変な仕事それらに対しての献身に感謝します。

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