デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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版木職人 - 島野慎太郎さん

今春、ある晴れわたった日、妻と私は、私達自身の仕事をはなれて、私の版画製作に必要な桜の版木を作ってくださっている島野慎太郎氏を訪ねてみました。 島野氏は、とても忙しい方ですが、ご親切にも、いくつか質問に答えてくださったり、仕事を見せてくださるのに時間をさいて下さいました。

島野さんの仕事場に一歩入ることは、何か違った世界へ入っていくようです。小さな部屋の中は、カールしたカンナくずや、桜の端材が腰の高さまで積みあげられています。 2ヶ月程前の一年のうちでもっとも寒い日にはこの部屋は桜を燃やす匂いで満ちていたにちがいありません、というのは、毎日、山のように木の切れはしを作っている人が、他にどのような暖房用燃料を必要とするでしょうか。 古い鋳鉄のストーブは、今は冷く、戸は春の空気の中に開けはなたれています。 この部屋の真ん中のほんの小さなスペースだけがそんなにちらかってなく、ここに彼のでっかくて、厚い桜の『あて台』が置いてあり、その上には、カンナでなめられかに削る為の桜の板がのっています。 彼はこの『祭壇』の前の薄い座布団の上にあぐらをかき、よくといだカンナを繰り返し動かして、徐々にいらない粗い部分が削られ、人が想像出来得るよりももっとなめらかな面が出来あがります。 電動カンナは、このやっかいな木に対して、そのように正確な仕事を成し得ないし、又、サンドペーパーも必要とする堅い表面になるような仕上げはできません。

各版木が、五つの違ったカンナにかけられるにつれて、カンナくずはだんだんと薄くなっていきます。 私はよく見る為にこれらのいくつかを手にとってみました。 そのカンナくずは透明に近く、実際にそれを通して新聞を読むことが出来ました。

島野さんは、今53才で、世界中でこの仕事をやっているたった二人の人間のうちの一人です。 もう一人の職人さんは80才台で、島野さんは、将来ある時点でたった一人の伝統を受け継ぐ者となるでしょう。 彼はまさに、浮世絵製作者という『危機に頻している種』の時のゆがみの中で立ち住生している男達のグループ、機械印刷が日本に入って来た 100年あまり前に滅びでしまうべきであった職人の一人である。どうして彼は今なおその仕事をしているのでしょうか。

島野さんは、父親のあとを継いでこの仕事につきました。 彼はこの部屋の中でカンナをかける仕事をする家系の三代目で、そして最後の代となるであろうと想像されます。 島野さん自身仕事を止めることなどありえません。それは彼の仕事であり、彼の出来得る最上の仕事にほこりをもっています。又浮世絵の世界に対しての責任という問題もあります。 50〜60人以上の彫り師、摺り師、及び版元が、それぞれの仕事を続ける為に完全に彼にたよっています。 もし島野さんが仕事をやめようと決めると彼らは(私も合めて)仕事が出来なくなってしまい、 300年前に生まれた浮世絵は、その最後のおじぎをすることになります。

島野さんは、彼の仕事に対して何ら栄誉を受けていないし、人間国宝でもありません。 浮世絵がかって栄えたまさにその他(北済の墓はすく近くの角にあり、春章のは少し歩いた所にあります)に、彼の仕事場は植えつけられ、毎日、毎日、彼はカンナで、これらの堅い版木の上で際限なく働きます。島野さんの友人で、隣人の彫り師石井さんがおしゃべりをするのに立ち寄ります。 版元は版木の注文の電話をかけてきます。 通りでは、学生時代の友人であり、竹皮職人の金子さんに出会います。 これらのすべての人々が島野さんが元気に仕事されることを願っています。 そして私も、又あなた方もそうすべきです。 彼の献身なくしては私達はすべてを失ってしまいます。

島野さんどうもありがとうごさいます。

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