デービッド・ブルが発行している季刊誌「百人一緒」に掲載された記事です。

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その1:初めてのカルタ

さて、どのようにこの版画の企画が始まったのでしょうか。

私はこの問いに答えることから始めたいと思います。というのは、私が会うほとんどの方々に聞かれることだからです。さいわいなことに、これに答えるのは簡単です。というのは、 2年前この企画が始まろうとしていた頃、同時にいろんなことをうまくまとめていく為に日記をつけ始めました。心配しないで下さい、私の日記を読んで下さいというわけではありませんから。しかし、私の考えをまとめるのに参考になります。

この企画の種子は、1988年の一月に、私の妻の三千代が、私達の小さな娘二人を祖父母のいる三重県に連れて行った時に蒔かれました。 羽村町の私達の友人である坂崎さん一家が、『正月バチェラー』をあわれんて、夕食に招待してくださいました。 (実際は平和と静けさを味うのもよかったのですが、夕食への招待は魅力的です)。 その夕べ、彼らは、カルタをもち出して、その遊びを教えて下さいました。カルタについては、聞いたことも、見たこともありましたが、やってみたことはありませんでした。 カルタのゲームはとてもおもしろく、隆義さんや、久美子さんに負けたり、小学一年生のアヤネチャンに負けたのは、はずかしくありませんでしたが、保育園児のゆうきちゃんとはどうであったかは聞かないで下さい。

その週未、三千代と娘たちが三重県から帰って来て、又カルタ遊びをするのに坂崎さんを訪ねました。 三千代は、歌を思い出すのにちょっと真剣になりました (学生時代はよくおぼえていた)。 そこで、私は近くの図書館から資料を借りてきました。 何冊かのすばらしい本で、平凡社の『歌留多』という本も含まれていました、この『歌留多』には、有名な尾形光琳のも合めて、たくさんの百人一首の挿し絵のセットがのっていました。 私の目をうばったのは、勝川春章の挿し絵による版画本のシリーズでした。 この版画は非常に小さくのっており、はっきりと見るのはむつかしかったけれど、そのうちの一枚は天智天皇で、これはページいっぱいにその挿し絵がのっていました。 それはとてもすばらしく、これらの絵をもっと調べてみようと決めました。 図書館員の方々はとても親切で、東京都内の研究図書館である東洋文庫という所に、春章による原本があるということを見つけて下さいました。 図書館長であった下田氏が私の為に紹介状を書いて下さり、このとても興味深い本を手にとって見る為に出かけました。

... 続く ...

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