窓中之不二

「美の謎」シリーズでの探求も最後になり、最初とまったく同じ選択で閉じることになります。見る度に感動する北斎の「富嶽百景」からの作品です。

北斎の付けた題は単純に「窓中の不二」とあり、絵の中で机の前に座っている男性については何も言及していません。初めてこの絵を見たとき私は、当時の評論家たちと同じように解釈しました。つまり、この男性は明らかに窓の外の素晴らしい景色を見て大喜びしている、と思ったのです。鳥の群が山の面を横切るように飛んでいて、まるで丸い窓の中に掛けられた「本物の掛軸」ですから。

でも他の人達と話をすると、特に日本人の場合は、ただ伸びをしながら大あくびをしているだけ、と言うのです。そんなことをして、この壮大な景観を見損なっているのだと。

北斎の性格を考えると、彼がそんな遊び心を絵に反映させることはあり得ることですが、私には、これが「正しい」解釈と確信できないのです。ここで、本当のところはどうなのかについて、考えを押し進める助けとなる「仕掛け」がひとつあります。版画を逆さまにして見てください。すると、この男性の表情はどう見えますか? あくびをしているのか、それとも喜び叫んでいるのか? もちろん、どのように解釈するかはみなさん次第です。

このような事を話しながら、このシリーズを終えるのも悪くないでしょう。たった18作しか選べませんでしたが、私が思う伝統木版画の最たる魅力の数々をご紹介すべく、努めてきました。みなさまには、この道程を楽しみつつ何か新しいことを学んで頂けたと願っております。

最後にもうひとつ。この版画に使われている和紙は、文字通り数百年の歳月に耐えますから、みなさんの協力の御陰で出来たこの「宝」は、私たちが居なくなってしまった後も見る人を楽しませてくれるのです。現在お楽しみいただくのはみなさんですが、忘れてならないのは、今は作品を管理する立場にあるということ。どうか大切に扱って、良い状態を保ちながら未来に引き継いでください!

平成24年1月

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