甲斐 河口湖水

「版画玉手箱」の第二シリーズ、初回の作品をお送りします。テーマは、 私が幕開けとして良く用いるテーマの「富士」です。幸先の良さを思わせる清々 しい姿は、新企画を始める際に最高です!

この絵は扇に用いられたものですが、印章に「一立斎」とあるので広重が この名前を用いて活躍した頃の作品と思われます。私は、版元が最初に発売 した版にある技法を正確に復刻するよう、自分なりの試みをしながら制作しま した。

このシリーズは副題を「美の謎」として、木版画の美しさの秘密を技術面 から解説していきます。みなさんは、この包みを開いて作品をご覧になったと き、「分かったぞ! デービッドは空刷りについて説明するつもりだな」と思わ れましたか? いいえ、ご説明するのは別のことで、山の裾野に広がる霧に ついてです。

こういった版画をご存知ない方は、この霧に白の絵の具を用いていると思 われるかも知れませんが、実際はそうではありません。伝統木版画は決して 白を使わず、紙自体の色で表現します。ですから私は、山を濃い灰色でぼか すように摺るときに、徐々に薄い色になっていくように摺り、最後の裾野は摺 り除くことで霧を「塗った」のです。

類似の技法は水の部分にも用いています。濃い青と薄い青には、深鉢に溶 いた同じ絵の具を用いています。淡い色は紙の白と混じっているのです。絵の 具の白ではなく、紙の白です。

この、顔料の透明性によって作られる「優美さ」は、おそらく日本の伝統 木版画のもっとも重要な特徴でしょう。紙は単に絵の具を載せる媒体ではな く、重要な演技者となっています。

さあ、順調な船出で旅が始まりました! 今年の企画に参加してくださった ことに、心から感謝しています。みな様が、私と共に過ごす旅を楽しんでくだ さることを願っています!

平成22年4月

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